四季くんはわたしを部屋へ通すと、ソファへ座らせた。お願いだからこれ以上、事態が深刻にならないで欲しいと願う。



「彩ちゃん、ごめん…」



四季くんの謝罪と共に始まった話。



「仕事でお世話になってる人と、その娘さん。紹介したいって言われて、それで今日会った」



わたしの予想は、十中八九当たっていた。


ただ、お見合いとゆう程のかしこまった席ではなく、お茶をしながら顔を合わせた程度に過ぎないと四季くんは言った。



予想していたとは言え、実際に本人から事実だと言われると返す言葉が見つからない。



「彩ちゃん…」



何も答えないのもそれはそれで子供みたいだと思い、



「…わかった」


話はわかったと、言葉にしてみた。



「わかった?」


四季くんが聞き返してくる。



「うん」


「何が?」


「…四季くんには色々事情があるって」


「事情?」


「…うん」


「彩ちゃん」


「…ん」


「彩ちゃん」


「……」


「断ったし、もし次があったとしても断る」


「……」


「彩ちゃんごめん。嫌な思いさせた」



四季くんがわたしの頭を撫でる。わたしはこうしてほだされる。



「嫌だった…」


「うん」


「あの人、わたしを見て馬鹿にしてた」


「…あの人?」


「だけどそんなのはどうでもいい」


「うん…」


「四季くんが、」


「うん」


「…四季くんが、わたしを遠ざけた」


「うん」


「引き止めたのそっちなのに…」


「うん」


「わたしが声をかけたんじゃないのに…」


「ごめん」


「わたしに知られたくないなら、最初から無視すれば良かったでしょ…」


「そうじゃない。あれはそう言う意味じゃない」


「…わたしと会ってバツの悪そうな顔してた」


「ごめん」


「四季くんが声をかけなければ、わたしは気づかなかった」


「ごめん。君を見つけた時、体が勝手に動いた。まさか君に会うとは思わなかった。驚いたと同時に状況を理解して、急に我に返った。君を巻き込んでしまったと思って。考えなしに行動した自分が情けなかった」


「……」


「だから、君を遠ざけようとした。巻き込んでおいて勝手だけど…」


「わたしに知られたくなかった?」


「そうじゃない」


「…じゃあどうして言ってくれなかったの?」



教えてくれていたら、わたしも心積りが出来たかもしれない。



「それはごめん。本当に…」


「言えない事があるのかもしれない。わたしに全てをさらけ出す必要はないかもしれない。だったら隠し通して欲しかった…」


「ごめん。君に何て話したら良いか悩んで、時間ばかり経ってしまった」


「…話そうとしてくれてたの?」


「うん。どう話を切り出して良いかわからなかった。どう伝えたら、君が安心してくれるのか…最後まで答えが出せなかった」


「それでも言ってほしかった…」


「ごめん」


「四季くんは、わたしと居るのが後ろめたい?」


「え?」


「わたしが高校生…子供だから?」


「彩ちゃん」


「わたし怒ってるの」


「うん」


「すっごく腹が立ってる」



あの人達は、わたしが高校生であるが故に、あんな態度をとったに違いない。わたしが大人だったら、わざわざ「社会人に知り合いが居るのか?」とは聞かない筈。わたしが制服姿だったから、女子高生と認識されてしまった。



「四季くんは、高校生のわたしと付き合ってるのを知られたくない?」


「え?」


「世間はあの人達みたいな考えの人が多いんだと思う。社会人と高校生とじゃ、まるでお飯事ままごとの様だって…」


「彩ちゃん」


「こんな制服来て、四季くんとは全然釣り合ってなくて…」


「彩ちゃん」


「わたしが高校生だから。四季くんの世界でわたしは凄く浮いてて」


「彩ちゃん」



四季くんはわたしの手を掴んで、変わらない声色で名前を呼ぶ。



「わたしは、どう頑張ったって四季くんに追いつけない」



腹が立っていた。



世間体と言う言葉は、幼い頃からこの身に染み付くほど言われて来た。その世間体を守る為に、つつましく生きろと言われて来た。親の世間体を守る為に、これまで卒なくこなしてきた。



だから四季くんの世間体も、守らないといけないと分かっている。でも、四季くんにとってのわたしとゆう存在が、わたしの親の様に、知られたくない事を隠さないといけない存在であるのだとしたら…四季くんは、高校生と付き合っている事を隠したいのかもしれない。



「あの時、高校生の知り合いが居るのか?っておじさんが言ってた」


「うん」


「まるでお飯事ままごとみたいって、女の人に言われた」


「え…?」


「四季くんが、わたしを彼女だと紹介してくれなかった」


「彩ちゃん」


「四季くんにとってのわたしは、知られたくない存在なの?」



腹が立っていた。世間の勝手な解釈も、世間体を気にしないといけない風習も。



そして、自分がその対象だと言うことも。



「四季くんは、わたしと付き合ってるって知られるのが恥ずかしい?」


「彩ちゃん」


「わたしが子供だから」


「彩ちゃん」



視線を合わせないわたしに、四季くんが何度も名前を呼ぶ。



「君は本当に…」



彼はわたしの手を握り締め、小さく溜め息を吐いた。



「賢いにも程がある」


「え?」


「君は頭が良い」



その言葉は、わたしの考えを肯定している様に聞こえた。



「勉強熱心なのは感心するけど、君は何も分かってない」


「え?」


「俺が君の事をどう思って、どんな風に考えてるか、何も理解してない」



肯定したかと思えば、今度は否定の言葉を並べた。



「君の言う、“世間”に、君とゆう存在を知られたくないんだとしたら、拓や祖父母に君を紹介してないだろ」


「それとこれとは…」


「彩ちゃん。同じだよ」



四季くんの口調が少し強く発せられた。



「ただ、君の言う事も一理ある。俺はあの時、君の事を知られたくなかった」



“知られたくなかった”


その言葉はわたしの胸に強く突き刺さった。



「でも、勘違いしないで欲しい」


「……」


「あの時、君を知られたくないと思ったのは、君の言う解釈とは大きく異なる。君が高校生だからじゃない。高校生と付き合ってるからじゃない。理解できない世間には、知らせる必要なんかない。理解できない人間に知られた所で、君には何のメリットもない。あの社長のように、馬鹿にした態度を取られるのが関の山。敢えて、君を傷つける必要はないと思った」


「わたしの為だったって事…?」


「君の為じゃない」


「え…?」


「自分の為だよ…」


「どうして…」



わたしがそう聞き返すと、四季くんは困ったような表情を見せ、また溜め息を吐いた。



「彩ちゃん」


「うん」


「君は本当に綺麗だ」


「え…?」



思わぬ返しに、自分の口から吐き出されたものが声なのか吐息なのか分からず、息が止まるかと思った。



「君と居ると、不思議な気持ちになる」



その言葉は、前にも言われた事がある。



「君の存在を知られたくない。綺麗なまま蓋をして、大切に仕舞っておきたい。汚い言葉や、さげすむ様な視線から。世間や、そのしがらみから。君を守りたい」


「……」


「理解できない連中に、君を知られる必要はない」


「…四季くん」


「俺の大事な人だけ、君がどれだけ大切かを知って貰えればそれで良い」


「四季くん…」



頬を両手で包まれ、唇が触れそうになる。



「彩ちゃん愛してる」



その囁きと同時に、唇が触れ、深くなっていくキスに心臓の鼓動が追いつかない。



頬を包んでいた両手が腰に回り、体を抱き寄せられた。


四季くんの膝の上に乗せられ、背中に移動した両手がきつくきつく抱き締める。



「…四季くんっ…」


息継くに名前を呼ぶと、唇が触れたまま、「何?」と言葉が返って来る。



「苦しい…」


心臓も、呼吸も、抱き締められる強さも、全部が苦しかった。



「もう少しだけ…」



唇に触れたまま喋らないで欲しい…



「彩ちゃん…」



四季くんはずるい…


いつもは私を近づけさせないのに、急に男を見せてくる。



「苦しくしないでね…」



大好きだから、わたしに彼を拒む理由は無い。



「彩ちゃん愛してる」


「ん…」


「彩ちゃん」


「うん…」


「愛してる…」



何度も何度も、四季くんはその言葉を口にした。



こんなにも自分が愛されてると感じれる瞬間は他にない。



口付けが終わると、彼の体に身を委ねた。



肩で息をするわたしの背中を、ゆっくり撫でてくれる。



「四季くん…」


「何?」


「四季くん大好き…」


「うん」



愛してると返せるだけの、経験と知識がわたしには無い。



「四季くん…」



ぎゅっと抱き付くと、彼も同じ分だけ抱き締め返してくれた。



「わたしも同じだよ…」


「何が?」


「四季くんはかっこいいから。他の人に見せたくない」


「え?」


「四季くんの事を好きになられたら嫌だ」


「え?」


「嫌なの…」



こんな事を思う自分が、子供っぽいと自覚している。



「ずっとわたしだけの四季くんでいてね…」


「……」


「四季くん…?」



返事のない彼の名前を呼ぶ。



「……」



それでも返事がないから、顔を上げてみると、抱き締められていた彼の腕が再び頬を包んだ。



近づく目線と、かかる吐息…



「四季くん…?」


「うん」


「大丈夫…?」


「彩ちゃん」


「うん…」


「少しだけ、君にれてもいい?」



もう、今だって触れているのに。これ以上どこに触れたいと言うのか…



「…四季くん」


「うん」


「わたしと、えっちしたいって事…?」



意を決して伝えた言葉を、彼は優しく受け取ってくれた。



「うん」


「でも、まだしないって…」


「うん。だから少しだけ、君にれさせてほしい」


「ど、どこに…」



戸惑っていたのは、嫌だからじゃ無い。普段は一線を引こうとする彼が、私の為にその手前まで歩み寄ってくれているから。



「どこなら良い?」



彼の一線は、とても誠実で。大切にされているんだと感じさせる。だけどそれは時に、わたしに興味がないと思わせる事にも繋がった。



不安と安心感の間で揺れ動いているわたしの心情に、彼は気づいている。気づいていて、わたしから言えずにいる言葉を、彼が代わりに言葉にしてくれている。



世間知らずな子供わたしに、恥を掻かせまいと、自分から求めるように…



「ごめんなさい…」


「何?」


「四季くんに気を遣わせてる…」


「彩ちゃん」


「わたしが子供だから…」


「彩ちゃん」


「はい…」


「君が嫌な事はしない」


「うん…」


「でも不安を無くしてあげたい」


「ん…」


「君が安心出来るなら、」


「四季くん…」


「何?」


「四季くんが、わたしを想っての事だって…わかってるよ」


「うん」


「でもね…」


「うん」


「今じゃないって言われると、今のわたしじゃダメなんだって言われてる気がして…」


「彩ちゃん」


「うん。分かってる…四季くんがどうゆう意味で言ってるか、きちんと分かってるよ」


「うん」


「だけどね…だからね…少しだけ。少しだけで良いから。わたしを求めて欲しい」


「彩ちゃん」


「我儘言って…」


「我儘じゃない。君にこんな事を言わせてしまって…今ようやく気づいた俺が悪い」


「そんなこと…」


「彩ちゃんベッドに行こう」


「……」


「ここは明るい」



日が短くなったとは言え、ブラインドが下された窓からは、外の光が二人の姿を鮮明に捉える。



四季くんの膝から降ろされ、寝室へと手を引かれ歩いた。

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