図書館前のバス停に着いて、亜美とはそこで別れた。真っ直ぐ家に帰りたくなくて、図書館に立ち寄った。



夏休みに毎日 かよった、一日中居た場所。落ち着く場所と言える程気に入ってる訳じゃないけど、静かな空間は心を落ち着かせるには十分だった。



宛もなく本を取り出し、宛もなくページを捲る。意味もなく本棚を移動し、また宛もなく本を手に取る。



席に着いて過ごす気にはなれなくて、宛もなく歩いた。



静かで、空気が重たくて、人の咳払いがやけに耳について、物が擦れる音すら煩わしいと感じる。そんな場所。



「彩ちゃん…」



その、囁き呼ぶ様な小さな声。



「彩ちゃん…」



わたしの好きな「彩ちゃん」と呼ぶ声。



「どうして…?」



本棚と本棚の間に立つわたしの、数メートル先に見えた。



「四季くん…」



図書館とゆう事を忘れて、思わず駆け寄った。



「電話に出ないから…」



声を抑えて話す彼は、心配そうな表情でわたしを見下ろす。



「…ごめんなさい。マナーモードにしてる…」



今日は学校に行くから、朝からマナーモードにしていた事を思い出した。



「四季くんどうして…?」



何故、図書館に居るの…



「連絡取れないから、彩ちゃんの家まで行って…」


「え…?」


「お母さんに、まだ帰ってないって言われたから」


「ごめんなさい…」


「君が行くとしたら、ここだと思った」


「ごめんなさい…」


「ここに居てくれて良かった」



小声で話す四季くんが、わたしの頬を両手で包んだ。



私立図書館の中は兎に角広い。ここに辿り着くまでに、どれだけわたしを探したのか想像するだけで胸が痛かった。



「彩ちゃん、行こう」



四季くんの手が頬から離れ、わたしの手を引いて歩く。



「あ、図書館の用事は大丈夫?」


「大丈夫」



最初から図書館に用事なんてない。



「四季くん…」



館内を移動し、人通りの多いホールまで来て、やっと声を出せた。



四季くんは「何?」と振り向く。



「…何でもない」



何を話したいと言うこともない。ただ、制服姿のわたしの手を引いて歩くのは、四季くんにとって不利益ではないかと心配になる。



建物の外へ出ると、迷わず向かう足取りから駐車場へ移動しているんだとわかった。



案の定、彼の車が止まっている。



「うちに行って良い?」


「え?」


「話がしたいんだ」


「話?」


「うん」



そう言って、彼はわたしの返事を待たずに車のドアを開けた。わたしが乗り込むのを確認して、ドアを閉めてくれる。



運転席に乗った四季くんとの距離を久しぶりに感じた。



「四季くん…」


「何?」


エンジンをかけながら、わたしの問いかけに耳を傾けてくれる。



「四季くん…」


「何?彩ちゃん」


「会いたかった」


「うん」


「四季くん」


「うん」


「会いたかった」


「うん。会いたかった」


「四季くんも会いたかった…?」


「うん。会いたかった」


「四季くん」


「うん」


「四季くん…」


「うん」


「四季くん、わたしの手を握って…」


「うん」


「ごめんなさい…」


「何が?」


「我儘ばっかり…」


「我儘じゃない」


「四季くん、結婚するの…?」



喫茶店で、4人掛けの席に座っていた四季くんは、あの時お見合いをしていた。



向かいに座る女性は、お見合い相手。



わたしは知っている。四季くんの向かいに座っていたおじさんを。あのおじさんはわたしの事なんて覚えてないだろうけど。どうでもいいけど。



父親に連れられて行った会食パーティーで、あのおじさんに会ったことがある。どうでもいいけど。



会社で働く娘が、今度お見合いをすると言っていた。仕事の付き合いで知り合った若い男を酷く気に入ったと言っていた。



お見合いの日取りは、今日…




「四季くんが、その相手の男性だったんだね…」



だから彼は、あの時バツが悪そうな顔をした。わたしの事を避けるように遠ざけた。



「四季くん」



結婚するの…?



「わたしが子供だから…?」



わたしじゃ、ダメなの…?



「彩ちゃん、ごめん…」



謝って欲しいんじゃない。



「うちで話そう」



そう言って、四季くんは車を発車させた。



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