3
四季くんが喫茶店を後にして、亜美が注文したトーストサンドを二人で分ける事になった。正確には、亜美が二人で分けようと言って注文した。でもわたしは食欲がなく、飲み物だけ口にした。
「あの女の人、馬鹿にしてたね」
バスに揺られながら亜美の言葉に耳を傾ける。
「うん」
思い返しても腹が立つ。
「上村さんってなに…」
あの時の女性の呼び方が気になるわたしに、
「四季くんの名前じゃないの?」
亜美が不思議そうに聞き返す。
「四季くんって言えばいいのに。上村さんって何?」
「そこ…?」
「わたしだって上村さんになるのに」
「あなた山下さんでしょ?」
「四季くんが結婚したいって言ってくれた」
「…え」
「だからわたしは、上村になる」
「ちょ、待って」
「山下は旧姓になる」
「じゃなくて、」
「何?」
「四季くんにプロポーズされたの…?」
今そこは重要じゃないのに、亜美が話の腰を折る。
「プロポーズってゆうか、意思表示。俺は結婚したいと思ってるよって…」
「四季くんそんな事言うんだぁ…」
「かっこいいでしょ」
「…結局
「かっこいいでしょ」
「かっこいいよね」
「今日もかっこよかった」
「そうだね」
「嫌な態度とっちゃった…」
「好きだからでしょ」
「好きなのに嫌われちゃう…」
「嫌われないでしょ」
「でも、」
「四季くんにも事情があるんだよ」
「うん」
「大人の事情が」
亜美のその言葉は、自分達が嫌でも子供だと思い知らされるものだった。
時刻は午後3時。
「四季くん私服だったよね」
そう言われてみればそうだった。
こんな時間にお茶ができる時間がある四季くんは、今日は仕事が休みだったのかも知れない。
「聞いてないの?」
「聞いてない」
「連絡取り合ってないの?」
「取り合ってない」
「え、なんで?」
亜美が不思議そうに聞いた言葉は、わたしを少し責めるように聞こえた。
「理由はない」
だから少し不機嫌な声が出た。
「四季くんから連絡来ないの?」
「来ない」
「え?でも前は結構連絡取り合ってたよね?」
「前?」
その言葉に亜美の表情が少し崩れた。
「ごめん。二人が出会った頃の話」
「謝らないで」
覚えてないわたしが悪い。
「彩が付き合ってた人の事があって、あの頃毎日四季くんと連絡取り合ってたよ」
「じゃあ、四季くんは理由がないと連絡して来ないんだね」
「え?」
「今はもうトラブルになるような事もないし、わたしに用事がないんだ。だから連絡する理由がない」
「彩からすれば良いじゃない」
「そうなの」
「え?」
「わたしも結局、四季くんを責められない」
今日だって、連絡を取り合っていれば偶然じゃなく、必然だったかもしれない。
「彩はどうして連絡しないの?」
「…怖いから」
「なにが?」
「四季くんに、煩わしいと思われたくない」
「そんなこと思わないじゃん…」
「わからない。四季くんはわたしの知らない世界に居る人だから」
「彩…」
「大人な四季くんからしたら、わたしはどう頑張っても子供でしかない」
制服を着ている自分が、
「四季くんがそう言ったんじゃないでしょ」
「うん。四季くんは言わない」
「だったら…」
「四季くんはそんな事を言う人じゃない」
だって彼は、大人だから。
「だからわたしは待つの」
「何を?」
「時が来るのを」
「はい?」
「その時が来るのを待ってる」
「なになに?」
「四季くんがわたしをお嫁さんにしてくれるその時を、待ってる」
「意味わからん…」
「そしたらわたしはもう子供じゃない。夫婦になれば四季くんとわたしは、大人と子供じゃない。社会人と高校生じゃない」
「彩…」
「何?」
「四季くんと自分を一番比べてるのは、彩じゃない」
「わかってる」
「四季くんは彩の事を子供だって思ってないんじゃない?」
「そうだよ」
「そうなの?」
「そう言われた」
「じゃあ…」
「でも、わたしがそう思えない」
「そんなの…」
彩の我儘じゃん…亜美はそう言った。
「だからわたしは、四季くんに連絡ができない」
「彩…」
「本当に子供だと思われる」
呟き出た言葉は、バスの車内アナウンスによって掻き消された。
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