四季くんが喫茶店を後にして、亜美が注文したトーストサンドを二人で分ける事になった。正確には、亜美が二人で分けようと言って注文した。でもわたしは食欲がなく、飲み物だけ口にした。



「あの女の人、馬鹿にしてたね」



バスに揺られながら亜美の言葉に耳を傾ける。



「うん」


思い返しても腹が立つ。



「上村さんってなに…」



あの時の女性の呼び方が気になるわたしに、



「四季くんの名前じゃないの?」



亜美が不思議そうに聞き返す。



「四季くんって言えばいいのに。上村さんって何?」


「そこ…?」


「わたしだって上村さんになるのに」


「あなた山下さんでしょ?」


「四季くんが結婚したいって言ってくれた」


「…え」


「だからわたしは、上村になる」


「ちょ、待って」


「山下は旧姓になる」


「じゃなくて、」


「何?」


「四季くんにプロポーズされたの…?」



今そこは重要じゃないのに、亜美が話の腰を折る。



「プロポーズってゆうか、意思表示。俺は結婚したいと思ってるよって…」


「四季くんそんな事言うんだぁ…」


「かっこいいでしょ」


「…結局 惚気のろけてんじゃん」


「かっこいいでしょ」


「かっこいいよね」


「今日もかっこよかった」


「そうだね」


「嫌な態度とっちゃった…」


「好きだからでしょ」


「好きなのに嫌われちゃう…」


「嫌われないでしょ」


「でも、」


「四季くんにも事情があるんだよ」


「うん」


「大人の事情が」



亜美のその言葉は、自分達が嫌でも子供だと思い知らされるものだった。



時刻は午後3時。



「四季くん私服だったよね」



そう言われてみればそうだった。



こんな時間にお茶ができる時間がある四季くんは、今日は仕事が休みだったのかも知れない。



「聞いてないの?」


「聞いてない」


「連絡取り合ってないの?」


「取り合ってない」


「え、なんで?」



亜美が不思議そうに聞いた言葉は、わたしを少し責めるように聞こえた。



「理由はない」



だから少し不機嫌な声が出た。



「四季くんから連絡来ないの?」


「来ない」


「え?でも前は結構連絡取り合ってたよね?」


「前?」



その言葉に亜美の表情が少し崩れた。



「ごめん。二人が出会った頃の話」


「謝らないで」



覚えてないわたしが悪い。



「彩が付き合ってた人の事があって、あの頃毎日四季くんと連絡取り合ってたよ」


「じゃあ、四季くんは理由がないと連絡して来ないんだね」


「え?」


「今はもうトラブルになるような事もないし、わたしに用事がないんだ。だから連絡する理由がない」


「彩からすれば良いじゃない」


「そうなの」


「え?」


「わたしも結局、四季くんを責められない」



今日だって、連絡を取り合っていれば偶然じゃなく、必然だったかもしれない。



「彩はどうして連絡しないの?」


「…怖いから」


「なにが?」


「四季くんに、煩わしいと思われたくない」


「そんなこと思わないじゃん…」


「わからない。四季くんはわたしの知らない世界に居る人だから」


「彩…」


「大人な四季くんからしたら、わたしはどう頑張っても子供でしかない」



制服を着ている自分が、滑稽こっけいに思える。



「四季くんがそう言ったんじゃないでしょ」


「うん。四季くんは言わない」


「だったら…」


「四季くんはそんな事を言う人じゃない」



だって彼は、大人だから。



「だからわたしは待つの」


「何を?」


「時が来るのを」


「はい?」


「その時が来るのを待ってる」


「なになに?」


「四季くんがわたしをお嫁さんにしてくれるその時を、待ってる」


「意味わからん…」


「そしたらわたしはもう子供じゃない。夫婦になれば四季くんとわたしは、大人と子供じゃない。社会人と高校生じゃない」


「彩…」


「何?」


「四季くんと自分を一番比べてるのは、彩じゃない」


「わかってる」


「四季くんは彩の事を子供だって思ってないんじゃない?」


「そうだよ」


「そうなの?」


「そう言われた」


「じゃあ…」


「でも、わたしがそう思えない」


「そんなの…」



彩の我儘じゃん…亜美はそう言った。



「だからわたしは、四季くんに連絡ができない」


「彩…」


「本当に子供だと思われる」



呟き出た言葉は、バスの車内アナウンスによって掻き消された。

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