じいちゃんの家は自宅からも近く、いつでも顔を出せる距離にある。


少し入り組んだ住宅街に入ると、じいちゃん家がある。自宅からそんなに離れていないのに、ここに来ると懐かしい気持ちになるのは、ずっと住んでいた場所だからかもしれない。



「彩ちゃん」


「ん?」


「着いたよ」



すっかり日が暮れてしまい、口数の減った彼女に声をかけた。寝ているのかと思ったら、変わらない声で言葉が返ってくる。



「四季くんありがとう」


エンジンを切ると、彼女は小さく呟いた。



「降りよう、紹介するよ」



車から降りて助手席側に周ると、彼女と視線が合って微笑まれた。



その笑顔にどうゆう意図があるのか…読み取れないまま、じいちゃん家の玄関のドアに鍵を差し込み、開錠してドアを開けた。



「え?四季くんチャイム鳴らさなくていいの…?」


彼女は驚きながらも小声で話しかけてくる。



「大丈夫、いつも勝手に入ってるから」


「え?不用心じゃない?」


「不審者が鍵開けて玄関から入らないでしょ」


「そ、そうだよね…」



自分にとっては当たり前のことが、彼女にとっては当たり前じゃない事に驚きよりも嬉しさが込み上げて来る。



どうして嬉しいのかは、自分でもよく分かっていない…



「入って、鍵かけるから」


「あ、はい。お邪魔します…」



三和土を跨いで廊下を進み、いつも二人がいる居間へ向かう。



礼儀正しい彼女は、誰にも会っていないのに「お邪魔します」と終始言葉にしていた。



ダイニングを抜けると居間がある。


テレビの音が聞こえて来た。



「じいちゃん、ばあちゃん」



声をかけながら入ると、こっちに気づいた二人が座卓に向かって座り、テレビを見ていた。



「あらっ…四季くん来てたん?」


ばあちゃんが気づくと、座椅子に座っているじいちゃんもこっちに気づいた。



「彩ちゃん座って」


後ろ背に立つ彼女に声をかけ、隣に並んで座るよう促す。



「お邪魔します」


彼女は二人へ声をかけながら、座った俺の隣に腰を下ろした。



「ばあちゃん、今日一緒に親父の墓参りに行って来た」



じいちゃんはいつも通り何も話さないから、ばあちゃんに説明をする。



「初めまして、山下彩と申します。突然お伺いしてすみません」



彼女は少し前のめりになり、ばあちゃんに挨拶をし、その後じいちゃんを見て「初めまして…」と声をかけた。



「まぁまぁ…これはこれは…何もないけど、お茶いれてくるからちょっと待ってね」


「あ、お構いなく…」



彼女の言葉に微笑み返したばあちゃんは、ゆっくり立ち上がり、台所へ向かった。


一人取り残された様な顔をするじいちゃんに、「墓掃除ありがとう」と伝えたら、「いつ行って来たんか?」とやっと言葉を発した。



「さっき行って帰って来た。墓行ったら綺麗にしてあったから。じいちゃんしてくれたんかと思って。顔出しに来た」


「ほうか、そりゃわざわざ」



そう言って、じいちゃんが彼女を見る。



「で、この子はどこのお嬢さん?」


「あ、山下彩と申します…」


「じいちゃんに前話たろ?会わせたい人おるって」


「え?」



何故か彼女が反応した。



「本当はきちんと紹介するつもりだったんだけど、今日一緒に居たから寄らせて貰った」



彼女の視線を感じながら、じいちゃんにここへ来た経緯を説明した。



「ほうか、えらい若いな」


「あぁ、まだ高校生」


「高校生か?」


「うん」


「おまえいくつになったん?」


「俺?31になる」


「はぁ、えらい歳離れてるんやな」


「うん」


「まぁきばり」


「うん、ありがとう」



じいちゃんと話をしていると、ばあちゃんが戻って来て、お茶と茶菓子を出してくれた。



「あんたらご飯食べたん?」


ばあちゃんが彼女に声をかける。



彼女は困ったようにこっちを見て「いえ…」と言葉を返した。



「残り物で良かったらあるで?食べて行く?」


「ばあちゃん、大丈夫。彼女送って行かないといけんから。もう帰るよ」


「あらそうなん?」


ばあちゃんは再び彼女へ問いかける。



彼女はばあちゃんを見て、こっちを見た。



「四季くん…ご飯をご馳走になったら迷惑かな?」


「え?」


「あたしも手伝うから、ご飯一緒に食べたい」


「え?」


「ばあちゃんは構わんよ。食べて行くか?」



そう言ってばあちゃんが再び立ち上がると、彼女も慌てて立ち上がったから、俺も慌てて立ち上がる。



「四季くんのおばあちゃん、わたしも手伝います」


彼女がばあちゃんを追って台所に向かう。



「まぁ座っとき。そんな大したもんないんやから」


「わたしも手伝います」


「ほなご飯よそって貰おうかな」


「はい」



立ち上がったものの、ばあちゃんと彼女を交互に見て立ち尽くすしかない。



「まぁ四季くん、あんたそんなとこ立っとらんと、じいちゃんとこ行って座っとき」


「え、でも彩ちゃん…」


「四季くんも一緒にご飯の準備する?」



何が嬉しいのか、彼女はにこにこと可愛い顔を向けてくる。



「四季、こっち座れ」


じいちゃんが少し大きな声を出した。



ここは俺の祖父母の家で、彼女はお客さんの筈なのに、何故か俺が落ち着かない。



「彩ちゃん、大丈夫?」


「うん、大丈夫。四季くんおじいちゃん呼んでるよ」


「うん、じいちゃんはいんだけど…やっぱり俺も手伝おうかな」


「まぁ四季くん、はようじいちゃんとこ行きって」



ばあちゃんにまでじいちゃんの所に行けと言われ、じいちゃんと話すことなんて無いしな…と

思いながら居間へ戻る。



「じいちゃん何?」



隣に座って声をかけたら、じいちゃんが顔寄せて来た。



「えらいべっぴん捕まえたな」


「え?」


「高校生と結婚すんのか?」


「は?」


「なんや、結婚相手連れて来たんと違うんか?」


「いや、そうだけど、そうじゃなくて…まだ結婚しねぇよ?」


「そうなんか?なんや…おまえが女の子連れて来たからてっきり」


「いや、あの子まだ学生だし…」


「ほうか、まぁええわ。おまえ何も言わんから、子でもはらましたんか思うたわ」


「は?いやいやいやいや」


「おまえもうええ歳やし、浮いた話の一つせんし、どないしたもんかなぁ思うたけど」



自分はどんだけ浮ついてなかったのか…



「ちゃんと彼女おったんやな」


「え?」


「今まで連れて来た事なかったで」


「あぁ、うん」


「ばあちゃんが生きとる間に結婚できそうか?」


「いや、分からんけど…長生きしてよ」


「わしはともかく、ばあちゃんに見せてあげたいなぁ」


「じいちゃんも見届けてよ」


「ほうか、ほんでどこのお嬢さん?」



…同じ事を聞いて来る。



「え、どこのって?」


「山下って言うてたな。この辺の人か?」


「家はこの辺りじゃないけど、通ってる学校はあそこだよ、橘」


「たちばな?」


「うん」


「えらいお嬢さんやんけ」


「それ拓にも言われたわ…」


「そらそうや、橘言うたらごきげんようや」


「は?」


「挨拶や。橘の女学生はいつも“ごきげんよう”言うて挨拶してるん知らんのか?」


「知らん…」


「知識と教養、礼儀作法やら…叩き込まれてな。橘はじいちゃんが学生の頃からあって、当時は…」


「じいちゃんわかった」


ずっと聞いてあげたいが話が長くなる…



「ほんで、あの子の家の人は知ってんのか?」


「何が?」


「おまえとの交際」


「あぁ、うん。知ってる」


「そうか、そりゃあええ。大事にせぇよ」


「うん」


「ほんならな、ちょっとそこの引き出し開けてみ」


「え?」



じいちゃんが指差す方へ立ち上がり移動する。



「これ?」


「ん?それや」


「どうするん?」


「開けてみ」



言われるがまま、壁を背に置かれてある箪笥の一番上の引き出しを引いてみる。



「何?」


「青い袋ないか?」


「ある」


「貸してみ」



また言われるがまま、青色の布袋を引き出しから取り出し、じいちゃんの元へ戻る。


袋を手渡すと、徐ろに紐を緩め、中身を取り出した。



「おまえの親父からおまえにや」


「は?」



袋の中から取り出されたのは、通帳。



「おまえの金や」


「え、ちょっと待って」



通帳を手渡されたとゆうより、手元に投げ出されるように置かれたから咄嗟に受け取った。



「おまえの親父が死んだ時の保険金や」


「え?」


「おまえ未成年やったし、成人したら渡そうかな思うてて、まぁ結婚資金にちょっと色つけて貯めといたろかぁゆうて、ばあさんと話ししてな」


「え?」


「やっと渡せるわ」


「…そんなの、貰えねぇわ」


「おまえの金や」


「俺のじゃねぇだろ…」


「おまえのじゃなかったら誰のじゃ言うねん」



じいちゃんが笑った。



「おまえの親父が残した金はおまえのもんや。黙って有り難く受け取ったらええ」



手元にある通帳を見ると、名義は上村四季となっている。自分の名前なのに、自分じゃない気がした。



「はいはいちょっと片付けて、四季くんじいちゃんにお茶入れてくれる?」



ばあちゃんがお膳に乗せたご飯を持って戻って来た。咄嗟に通帳を片付ける。



「忘れんように持って帰れよ」



じいちゃんに無言で頷いて、ばあちゃんに言われるがまま台所へ立った。



「四季くん見て見て」



無邪気な彼女が急に愛しく感じる。



「おばあちゃん凄いの。冷や汁作ってくれてね。この味噌、おばちゃんの手作りだよ」


「うん」


「…四季くん、どうかした?」


「四季くん、お茶は?」



彼女からかけられた言葉と、ばあちゃんに言われた言葉の、どちらに答えれば良いか迷い、何となく「うん」と曖昧に返事をした。



ばあちゃんから俺は役に立たないと判断されてしまい、じいちゃんの元へ戻るように指示がくだった。



「彩ちゃんはお手伝いが上手だね」



4人で食卓を囲みながら、ばあちゃんが彼女を子供扱いしている。


彼女も満更ではないようで、「ありがとうございます」と満足気に返事をしていた。



夕飯を食べ終わってからも、彼女はばあちゃんと台所に立つ事を望み、片付けを手伝ってくれた。


役立たずの俺は、じいちゃんの相手をさせられている。



「おまえいつまで休みなん?」


「15日まで」


「あぁそうか、そりゃあええ。ゆっくりしいや?」


「うん」



盆休みは会社の付き合いもなく、毎年墓参りとじいちゃん家の往復で終わる。



「四季くん、お待たせ」


後ろから声をかけられ、振り返ると彼女が近くに居た。



「彩ちゃんごめんね…結局全部手伝わせて」


「わたしが頼んだから…四季くんありがとう。おばあちゃんとたくさんお話しできたよ」



何を話したんだろう…とばあちゃんを見たら、何食わぬ顔して座り込んだ。



「四季くん泊まって行くやろ?」


ばあちゃんと目が合い、問いかけられる。



「いや、帰るよ。彼女を送って行くから」


「あぁそうね?」


「うん」



じゃあそろそろ…と立ち上がると、彼女もつられて立ち上がった。



「ばあちゃんここでいいよ、勝手に帰る。鍵かけとくから」


立ち上がろうとしたばあちゃんに声をかける。



「じいちゃんまたな」


「四季、あれ持ったか?」


通帳の事を言われてるんだとわかり、頷き返した。



「ありがと…」


小さく言葉をかけると、じいちゃんが俺の肩を叩いた。



「お嬢さん、またおいで」


じいちゃんが彼女に声をかけた。



「はい、四季くんのおじいちゃんありがとうございました」


「ごきげんよう」



じいちゃんが片手を挙げて声をかけると、彼女の口元が緩む。



「おじいさま、おばあさま、それではごきげんよう」


彼女から聞いた事のない言い回しの言葉が紡がれた。



「はい、ごきげんよう」


何故かばあちゃんも受け入れている。



「じゃあもう見送りせんからな。気をつけて帰りよ」



ばあちゃんに声をかけられ、この場を後にした。

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