5
駐車場に車を停め、高台にある墓地まで歩いた。彼女は花を持ち、後を着いて上がって来る。
毎年一人でここへ来た。
墓に向かって手を合わせ、何を語りかければ良いかわからず、線香を焚いて帰るだけ。
墓へ案内すると、既に花がお供えされている。
じいちゃんとばあちゃんが墓掃除をしたんだとすぐに分かった。
彼女は何も言わずに持っていた花を隣に供えた。それを見て線香に火を焚き、両手を合わせる。
相変わらず、何を語りかけたら良いかわからない。彼女を連れて来たよと言えば良いのか…親父が今の俺を見たら何か言葉をくれたのか…有りもしない事を考えるのはやはり苦手だと思い知る。
「四季くん…」
「何?」
「風が気持ちいいね」
「え?」
「お父さんにも伝えたの。ここは風が気持ちいいですね…って」
そう言った彼女の髪が風に揺れて頬にかかる。
「親父は何って言ったんだろ…」
思わずそう呟いていた。
「わからないけど…ここに吹く風が優しいから、それが答えじゃないかな?」
彼女は頬にかかる髪を耳にかけ直した。
「…君と居ると、俺にも穏やかな風が吹くから不思議だ」
彼女の髪を撫でると、彼女は嬉しそうに笑ってくれる。
「四季くんが嬉しいとわたしも嬉しい」
「え?」
「四季くんがやっと笑ってくれた」
本当に不思議な気持ちにさせる子だ…
「四季くん、四季くん!」
彼女が視線を向ける先に、
「とんぼがいるよ!」
親父の墓にとんぼが一匹とまっている。
「凄い大きいね!」
彼女の声も段々大きくなっている。
「墓に来ると、いつも居るんだよとんぼが…」
「そうなの?四季くんのお父さんかな?」
「え?」
「四季くんにお礼を言ってるんだよ!」
「まさか…」
彼女は不思議な事を言う。
だけどそれは時として、そうなんじゃないかと思わせるからまた不思議だ。
「とんぼさん、また会いに来るからね。ありがとう」
彼女が語りかけると、とんぼは羽を羽ばたかせ、空に向かって飛んで行った。
「彩ちゃん」
名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに振り返る。
「四季くん!連れて来てくれてありがとう!」
「いや、それはこっちのセリフで…来てくれてありがとう」
言いたい事を先に言われてしまい、お礼の言葉が複雑な言い回しになってしまった。
下り坂を歩きながら、彼女の肩が時々自分の腕に触れては離れる。
「彩ちゃん」
「ん?」
「帰りに1箇所、寄り道していいかな…」
「え?」
「そんなに遅くならないから」
「え…まだ四季くんと居ていいの?嬉しい!」
彼女が腕にギュッと抱き着いて来る。
薄着の所為か…胸の膨らみが腕に当たって落ち着かない。
「彩ちゃん…暑くない…?」
遠回しに言葉をかけ、彼女の体から腕を引き抜こうとしたら、むしろ体のラインをなぞる様に触れてしまった。
「暑かった?ごめんね?」
無邪気なその笑い声に、無邪気とは末恐ろしいものだと痛感する。
車に辿り着き、急いで冷たい風を送り出した。
「四季くん」
「何?」
発車しようとして、彼女に左腕を掴まれる。
「四季くん…」
「え?」
「…ううん…なんでもない…」
「え?大丈夫?」
「うん…いつも運転ありがとう」
「あぁ、うん」
それだけの会話で、彼女は前へ向き直し、姿勢を正した。
「四季くんどこに寄るの?」
「じいちゃん家」
彼女の言葉に、運転をしながら答える。
「じいちゃん…?」
「うん、俺のじいちゃん」
「えっ?」
前を見たまま会話をしていると、彼女の声が驚きに満ち溢れているのがわかった。
「四季くんの、おじいちゃん…?」
呟くような声に、視線を彼女へ向け、すぐに前へ戻した。
「急にごめん…墓参りのついでに顔出して帰りたいんだ。墓の掃除もしてくれてたから…」
じいちゃん達にありがとうだけ伝えて、彼女とはまた改めて会う機会を設けようと思った。
「四季くんのおじいちゃんに会いに行くの?」
「うん。いや、ちょっと顔出してすぐ帰るから。ごめんね?」
「え!おじいちゃんに会いたい!」
彼女の声が驚きから弾んだような声色に変わった。
「え?」
彼女を横目で確認すると、しっかりこっちを見ていた。
「四季くんのおじいちゃんに会わせて貰えるなんて思わなかった!」
「いや、会うってゆうか…俺だけちょっと顔出して帰ろうかなって…」
「え…?」
「え?」
彼女の声のトーンが分かりやすく低い。
「…わたしは会えないってこと?」
「え?そうじゃないけど…会いたかった?」
「会いたかった」
「…じゃあ、一緒に顔出す?」
「え!いいの?」
「うん」
「おじいちゃんに会わせてくれるの?」
「うん…ばあちゃんもいるけど…」
「えっ!おばあちゃんにも会えるの?」
「うん…」
また弾むような声に代わり、彼女へ視線を向けると、彼女と視線が交り目を逸らした。
「四季くん!」
「何?」
「今日は四季くんの家族に会える日だね!」
「え?」
「四季くんありがとう!凄くうれしい!」
前を見ている所為で彼女の表情は分かりにくいけど、声から嬉しそうなのが伝わってくる。
「彩ちゃん、じいちゃん達に会いたかったの?」
「会いたかったよ!四季くんのプライベートは七不思議だから」
「え?」
「四季くんの家族は七不思議の一つなの」
「え?どうゆうこと…?」
「四季くんは…あまり自分の事を話さないから、わたしは想像を膨らませるしかなくて…いつの間にか、わたしの中で四季くんのプライベートは七不思議になってしまった」
彼女は本当に不思議な事を言う…
「別に、話さなかった訳じゃないんだけど…」
「うん、そうだよね…ごめんなさい」
「あ、いや…そうじゃなくて…ごめんね」
言いたくなかった訳じゃないと…訂正したかった筈なのに、上手く言葉にできない。
「四季くんのおじいちゃんとおばあちゃんはどんな人?」
「どんな人…?」
「四季くんに似てる?」
「あぁ…どうかな…?俺は親父に似てなかったから。父方のじいちゃんに似てんのかわからないけど」
「…そうなんだ。四季くんみたいに背が高い?」
「んー、俺よりは低い」
「おばあちゃんも?」
「ばあちゃんは小さいよ。可愛い人」
「そうなんだ…!四季くんのおじいちゃんも可愛い人?」
「え?じいちゃん?全然可愛くないよ」
「そうなの?」
「じいちゃんは何てゆうか、土建屋をやってて、昔の土建って言うのは勝気な人が多いから。今でゆうと何て言うのかな…」
「オラオラ系?」
「…オラオラ?何それ?」
「オラオラしてる系の人」
オラオラしてる系とは…
「彩ちゃん任侠ってわかる?」
「任侠?」
「彩ちゃん…」
これが所謂ジェネレーションギャップとゆうやつなのか…
「じいちゃんに会ってみたらわかるよ」
「四季くん、説明するの諦めたでしょ」
彼女に指摘されて、苦笑いしか返せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます