駐車場に車を停め、高台にある墓地まで歩いた。彼女は花を持ち、後を着いて上がって来る。



毎年一人でここへ来た。



墓に向かって手を合わせ、何を語りかければ良いかわからず、線香を焚いて帰るだけ。



墓へ案内すると、既に花がお供えされている。



じいちゃんとばあちゃんが墓掃除をしたんだとすぐに分かった。



彼女は何も言わずに持っていた花を隣に供えた。それを見て線香に火を焚き、両手を合わせる。



相変わらず、何を語りかけたら良いかわからない。彼女を連れて来たよと言えば良いのか…親父が今の俺を見たら何か言葉をくれたのか…有りもしない事を考えるのはやはり苦手だと思い知る。



「四季くん…」


「何?」


「風が気持ちいいね」


「え?」


「お父さんにも伝えたの。ここは風が気持ちいいですね…って」



そう言った彼女の髪が風に揺れて頬にかかる。



「親父は何って言ったんだろ…」


思わずそう呟いていた。



「わからないけど…ここに吹く風が優しいから、それが答えじゃないかな?」



彼女は頬にかかる髪を耳にかけ直した。



「…君と居ると、俺にも穏やかな風が吹くから不思議だ」



彼女の髪を撫でると、彼女は嬉しそうに笑ってくれる。



「四季くんが嬉しいとわたしも嬉しい」


「え?」


「四季くんがやっと笑ってくれた」



本当に不思議な気持ちにさせる子だ…



「四季くん、四季くん!」



彼女が視線を向ける先に、



「とんぼがいるよ!」



親父の墓にとんぼが一匹とまっている。



「凄い大きいね!」



彼女の声も段々大きくなっている。



「墓に来ると、いつも居るんだよとんぼが…」


「そうなの?四季くんのお父さんかな?」


「え?」


「四季くんにお礼を言ってるんだよ!」


「まさか…」



彼女は不思議な事を言う。



だけどそれは時として、そうなんじゃないかと思わせるからまた不思議だ。



「とんぼさん、また会いに来るからね。ありがとう」



彼女が語りかけると、とんぼは羽を羽ばたかせ、空に向かって飛んで行った。




「彩ちゃん」



名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに振り返る。



「四季くん!連れて来てくれてありがとう!」


「いや、それはこっちのセリフで…来てくれてありがとう」



言いたい事を先に言われてしまい、お礼の言葉が複雑な言い回しになってしまった。



下り坂を歩きながら、彼女の肩が時々自分の腕に触れては離れる。



「彩ちゃん」


「ん?」


「帰りに1箇所、寄り道していいかな…」


「え?」


「そんなに遅くならないから」


「え…まだ四季くんと居ていいの?嬉しい!」



彼女が腕にギュッと抱き着いて来る。



薄着の所為か…胸の膨らみが腕に当たって落ち着かない。



「彩ちゃん…暑くない…?」



遠回しに言葉をかけ、彼女の体から腕を引き抜こうとしたら、むしろ体のラインをなぞる様に触れてしまった。



「暑かった?ごめんね?」



無邪気なその笑い声に、無邪気とは末恐ろしいものだと痛感する。



車に辿り着き、急いで冷たい風を送り出した。



「四季くん」


「何?」



発車しようとして、彼女に左腕を掴まれる。



「四季くん…」


「え?」


「…ううん…なんでもない…」


「え?大丈夫?」


「うん…いつも運転ありがとう」


「あぁ、うん」



それだけの会話で、彼女は前へ向き直し、姿勢を正した。



「四季くんどこに寄るの?」


「じいちゃん家」



彼女の言葉に、運転をしながら答える。



「じいちゃん…?」


「うん、俺のじいちゃん」


「えっ?」



前を見たまま会話をしていると、彼女の声が驚きに満ち溢れているのがわかった。



「四季くんの、おじいちゃん…?」



呟くような声に、視線を彼女へ向け、すぐに前へ戻した。



「急にごめん…墓参りのついでに顔出して帰りたいんだ。墓の掃除もしてくれてたから…」



じいちゃん達にありがとうだけ伝えて、彼女とはまた改めて会う機会を設けようと思った。



「四季くんのおじいちゃんに会いに行くの?」


「うん。いや、ちょっと顔出してすぐ帰るから。ごめんね?」


「え!おじいちゃんに会いたい!」



彼女の声が驚きから弾んだような声色に変わった。



「え?」



彼女を横目で確認すると、しっかりこっちを見ていた。



「四季くんのおじいちゃんに会わせて貰えるなんて思わなかった!」


「いや、会うってゆうか…俺だけちょっと顔出して帰ろうかなって…」


「え…?」


「え?」



彼女の声のトーンが分かりやすく低い。



「…わたしは会えないってこと?」


「え?そうじゃないけど…会いたかった?」


「会いたかった」


「…じゃあ、一緒に顔出す?」


「え!いいの?」


「うん」


「おじいちゃんに会わせてくれるの?」


「うん…ばあちゃんもいるけど…」


「えっ!おばあちゃんにも会えるの?」


「うん…」



また弾むような声に代わり、彼女へ視線を向けると、彼女と視線が交り目を逸らした。



「四季くん!」


「何?」


「今日は四季くんの家族に会える日だね!」


「え?」


「四季くんありがとう!凄くうれしい!」



前を見ている所為で彼女の表情は分かりにくいけど、声から嬉しそうなのが伝わってくる。



「彩ちゃん、じいちゃん達に会いたかったの?」


「会いたかったよ!四季くんのプライベートは七不思議だから」


「え?」


「四季くんの家族は七不思議の一つなの」


「え?どうゆうこと…?」


「四季くんは…あまり自分の事を話さないから、わたしは想像を膨らませるしかなくて…いつの間にか、わたしの中で四季くんのプライベートは七不思議になってしまった」



彼女は本当に不思議な事を言う…



「別に、話さなかった訳じゃないんだけど…」


「うん、そうだよね…ごめんなさい」


「あ、いや…そうじゃなくて…ごめんね」



言いたくなかった訳じゃないと…訂正したかった筈なのに、上手く言葉にできない。



「四季くんのおじいちゃんとおばあちゃんはどんな人?」


「どんな人…?」


「四季くんに似てる?」


「あぁ…どうかな…?俺は親父に似てなかったから。父方のじいちゃんに似てんのかわからないけど」


「…そうなんだ。四季くんみたいに背が高い?」


「んー、俺よりは低い」


「おばあちゃんも?」


「ばあちゃんは小さいよ。可愛い人」


「そうなんだ…!四季くんのおじいちゃんも可愛い人?」


「え?じいちゃん?全然可愛くないよ」


「そうなの?」


「じいちゃんは何てゆうか、土建屋をやってて、昔の土建って言うのは勝気な人が多いから。今でゆうと何て言うのかな…」


「オラオラ系?」


「…オラオラ?何それ?」


「オラオラしてる系の人」



オラオラしてる系とは…



「彩ちゃん任侠ってわかる?」


「任侠?」


「彩ちゃん…」



これが所謂ジェネレーションギャップとゆうやつなのか…



「じいちゃんに会ってみたらわかるよ」


「四季くん、説明するの諦めたでしょ」



彼女に指摘されて、苦笑いしか返せなかった。

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