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親父の墓は、車で行って帰れる距離にある。
急な申し出にも関わらず、彼女は文句ひとつ言わない。
店を出たら暑さに目が眩んだ。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。四季くんが思ってる以上に、わたしは四季くんの事を知りたいし、四季くんに関わりたいの。だからもう心配しないで。ね?」
ね?と微笑まれても、彼女の想いを無視してまで巻き込むつもりはない。
「四季くん…行こ?お父さんの所に」
腕を引かれたから、あれこれ考えるのはやめた。
「四季くん、お花を買って行こう」
こんなに暑いとゆうのに…機敏に行動しようとするから
「彩ちゃん、今日は何時まで大丈夫?」
「どうしたの?」
「今から行って帰ると、日が暮れるから」
「大丈夫。四季くんと一緒に居る」
「いや、そうじゃなくて…あんまり遅くなると…」
「じゃあ、遅くなるって家に連絡しとく」
彼女はきっと連絡をしない。
「彩ちゃん…」
「ん?」
「今日俺と会う事言って来た?」
「…どうして?」
「心配するよ、お母さん」
思っていた事を口にすると、彼女は顔を伏せる。
「何でもかんでも、親に言わないといけないの…?行動を監視されてるみたいで息が詰まる…」
「それは君が…」
危険な目に合った事があるから…とは言えなかった。記憶が無いこの子に、それを言っても信憑性がない。
「…子供の帰りが遅くなると、親は心配するもんだろ」
「わたしもう高校3年生なのに…」
「彩ちゃん」
「…四季くんの言う事を聞かないと、わたしは四季くんと居れない?」
どう言葉を返せば良いか返答に困る。
「…わかった。連絡する。こうゆう時の四季くんは、折れてくれないね」
彼女は視線を落とした。
心が痛まない訳じゃない。甘やかしてあげたい気持ちは確かにあって、周りなんて気にせず好き勝手に過ごせたらどれだけ楽かと考える。
だけどそれが出来ないのが現実だ…
花屋までは歩いて行った。線香は途中コンビニで買い、彼女は移動する車内で自宅に連絡を入れていた。
彼女と彼女の母親の会話は、一言二言で終わり、彼女は小さく溜め息を吐いた。
「四季くん…」
「何?」
「わたしと必ず結婚してね…」
「え?」
運転中に突拍子のない事を言わないでほしい…
「どうしたの急に」
「…早くあの家を出たい」
「彩ちゃんは、家を出る為に俺に結婚して欲しいの?」
「…四季くんは意地悪だね…そんな事わたしが思ってないって知ってるくせに」
彼女は不機嫌な言い方をする。
「お母さんに何か言われた?」
「言われないよ…」
「じゃあどうしたの?」
「言われないから嫌なの…」
「え?」
「わたしの事何も分かってないのに、なんでも知ってるみたいな顔をして…影で詮索をしてる。亜美に聞き取りをしたり、学校にわたしの様子を報告させたり…わたしの事を知った気でいる」
「そっか…」
「だからあの人にわたしからの言葉なんて必要ない」
「彩ちゃん…」
「四季くんにも報告させてるよね…?」
「え?」
突然の指摘に、動揺が声になった。
「わたしは四季くんがわたしを傷つける筈ないって安心してる…だから、今まで確かめようとは思わなかった」
この子は…
「四季くんの家に泊まった時、亜美の家に泊まるって言って出て来たって言ったでしょ…」
「…うん」
「なのにママは、亜美の家に連絡をしてなかった」
「え?」
「いつもなら、亜美にどんな様子だったか、わたしの事を根掘り葉掘り聞いているのに、あの日は亜美に連絡がなかったって言ってた」
「…彩ちゃん」
「亜美の家に泊まってない事を知ってたんだと思う」
「彩ちゃんごめ…」
「四季くん謝らないで…わたしは四季くんと居れるならそれでいいの」
頭が良い所為か、周りをよく見ているからか…
「じゃなきゃ…四季くんはわたしを泊まらせてはくれなかったよね…」
この子は…気づかなくていい事も、気づいてしまうんだろうな…
「四季くん怒らないでね…」
「え?」
「わたしはママの事を利用して…四季くんに知らないフリをして、自分の思う様にしようとしてる…」
「そうじゃない」
「え…?」
「思うようにしているのは…」
君じゃない…
「君のお母さんが、あの日…病院に来た」
「あの日?」
「退院の許可が出て、家族以外でも面会ができる様になった頃、突然君のお母さんが尋ねて来られた」
彼女の母親は、今回の事件に彼女が関わっている事を伏せて欲しいと言った。
何度も頭を下げて頼んで来た。
そんな事をされなくても、俺が彼女の不利益になるような事をする筈がない。だけど彼女の親からすれば、俺みたいな男は信用できなくて当然だ。
彼女があの男から暴力を振るわれている事も母親は知っていた。彼女の父親も警察沙汰にする気はなく、両親は何もなかった事にしたいと言う考えだった。
だから俺にも関わるなと言いたいのだろう…
そう思っていた。
「君と関わる事を反対されるんだと思った」
「…違うの?」
彼女は疑う様な…不思議そうな表情をこっちに向ける。
「君の生活を、君の人生を守りたいと言われた。俺が君のことを真剣に考えてるなら、交際をしても良いって」
「なにその上からな言い方…」
「俺にとっては願ったり叶ったりで、君との交際を続けられる事に感謝しかなかったよ」
彼女は知らない。
…俺が知っている事を。
あの日…
彼女の母親は、俺の見舞いに来たんじゃない。
「失礼を承知でお願いがある」と言った。
彼女がこの事件の事、あの男の事を覚えてないのが不幸中の幸いだと…これまでの事は伏せて、これからの生活を当たり前にして行きたいと。
どうか、どうか、娘の人生をここで終わらせないでほしいと…
あまりにも抽象的な言い回しに、少し違和感を感じた。
頭を下げる母親を見て、この場での自分の立場が優位であると感じた。
「この怪我の所為で警察に何度も事情を聞かれました」
母親の弱みはここだと確信する。
思った通り、母親の表情が焦りと苦痛で歪んでいく。
「あなたが隠したい事は何ですか?」
その質問に、その表情は更に険しくなった。
彼女は知らない…
付き合っていた男の父親は、彼女の父親が働いている会社の上司である事を。
故にこの関わりは、無かった事にしなければならないと…
何としても、穏便に済ませなければならないと。
娘の為に怪我を負った自分なら、理解してくれるんじゃないかと…
とどのつまりが、彼女とゆう弱みを握られているのは俺の方だった。
ならば交際をする事を許してほしいと進言した。その申し出に彼女の母親は静かに頷いた。
この事を知っているのは、彼女の両親と俺以外に拓がいる。
拓にこの事を話したら「これだけの怪我を負わせといて、娘は関係ないじゃ済まないだろ」って言われた。
だけど彼女をこれ以上巻き込みたくないのは俺も同じで、母親としたら、何も覚えていない娘の為に、穏やかな生活を取り戻して上げたかったんだと思う。
彼女とあの男の事に勝手に関わったのは自分だ。
「君は勘違いをしてる。子を思う親の気持ちに付け込んで、君を意のまま思うようにしようとしてるのは…俺なんだ」
信号が赤になり、車を停めた。
「言ったろ…俺は君が思うような男じゃないかもしれないって」
彼女へ視線を向けると、彼女もまた視線を向けてくる。
「四季くんは、一人で抱え過ぎてる…わたしはあなたのお荷物にはなりたくない…」
「彩ちゃん」
「だけどね…」
彼女はシートベルトを両手で握り締めた。
「今は…四季くんに寄りかかっていたいの…」
力の入った彼女の手に、思わず自分の手を伸ばし重ねた。
「四季くん…」
「何?」
「今は知らないフリをして甘えさせて欲しい…四季くんに甘えていたいの…もう少しだけ、子供なわたしの我儘を許してね…」
彼女は二つ勘違いをしている。
俺が彼女の母親に連絡をしているのは、報告をしろと言われたからじゃない。自分が誠意ある対応を示したかっただけの事。それ以上もそれ以下でもない。
それに、彼女の母親に彼女を泊まらせる許可を貰ったから泊まらせたんじゃない。自分の判断で、自分の責任で決めた。
君は知らない…
黙って見過ごしてくれていたのは君の方なのに…
それを君に伝えない俺が、君の優しさに甘えているとゆう事を…
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