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カフェの店内は涼しい。
彼女が居なければ、一人では入らないような店だ。
「四季くん、四季くん!」
窓の外に見える通りから、視線を前へ戻した。
「四季くんこれ…凄く美味しい…」
注文したデザートを頬張って食べている。
「四季くん食べる?」
彼女はやっぱり嬉しそうな声を出す。
「いや大丈夫…彩ちゃん食べて」
見るからに甘そうな、パンのようなケーキだ…
「四季くん甘いの嫌い?」
「甘すぎるのはちょっと…」
「そうなんだね」
今にも鼻歌を歌い出すんじゃないかとすら思える程、見てわかるぐらい彼女は楽しそうに話す。
「わたしばっかり食べて、四季くんつまらない?」
「え?そんな事ないよ。彩ちゃんが美味しそうだから」
「…え?」
「あ、日本語難しいな」
彼女が頬を赤らめたから、不味い言い方をしてしまったと気づいた。
「もう食べれない…」
「え?ごめん」
「四季くんこっち見ないで…」
「え?どこ見てればいい?」
「わからない…パンケーキ食べたいからあっち向いてて…」
「え?」
食べるんだ…と、思わず言葉にしそうになる。
黙って窓の外へ視線を向けたら、フォークとナイフを扱う音が聞こえた。彼女が頬張って食べている姿を想像してにやけそうになる。
食べてしまいたいほど可愛いなと思ってるのは事実で…だけど
「四季くん」
「え?」
「四季くんこっち向いて」
言われて視線を前へ戻す。
「食べたよ」
さっきまでの恥じらいはどこへ行ったのか…満面の笑みを向けて来た。
「あぁ、ほんとだ」
「ご馳走様でした」
彼女は丁寧に両手を合わせた。
「それで、四季くんの話しって何かな?」
「あ、もういい?他に食べない?」
「もう大丈夫。ありがとう」
「飲み物は?」
「まだあるよ。大丈夫」
「そっか、じゃあ」
「四季くん…」
「何?」
「もしかして…言いにくい話?」
「え?」
「…わたし、今日凄く浮かれてて…」
「え?」
「四季くんから一昨日連絡が来た時、まさか会えない?って聞かれるとは思わなくて。あたしと会いたいって思ってくれた事が嬉しくて…」
「彩ちゃん」
「話があるって言われた時も、会う為の口実かなって…深く気にしてなかったから…」
「彩ちゃん」
「もしかして四季くん…」
「彩ちゃん」
彼女の肩に手を伸ばしたら、小さくて握り潰してしまいそうだなと有り得ない事を思った。
「彩ちゃんにとって良い話になるか、悪い話になるのか、それは俺にもわからない…ただ俺は君を傷つけるような話をするつもりはない」
「…うん」
「彩ちゃんに、知っておいて貰いたい」
「…うん」
「君のことが好きなんだ」
「…え…?」
「まぁ好きだから付き合ってるんだけど…」
「…え…?」
「君はまだ高校生だから、先の事をどこまで考えれるか分からないかもしれない…でも俺は、君との将来を考えてる。時期やタイミングはまだ決めれないけど…将来、一緒になりたいって思ってる」
「…えっ…」
「彩ちゃんと、結婚…したいと思ってる」
口にすると、気恥ずかしい単語だなと思った。
「だけど、君にも将来はある。これから進学して、就職するかもしれない。それまで待ってるから…君が大人になるのを待ってる」
彼女の返事を期待した訳じゃなかった。まだ先の事とは言え、高校生に結婚を申し込んだところで、混乱させてしまうのはわかっていた。だから、自分の気持ちを伝えた上で、これからの行動を考えようと思った。
「四季くん…」
「何?」
「…わたし、」
「うん」
「四季くんと結婚する」
「え?」
「四季くんと結婚したい」
「え?」
「四季くん…嬉しい…」
彼女は両手で顔を覆うと、少し俯いた。
「彩ちゃん…」
泣いているのかと思い、焦って声をかける。
「彩ちゃん…?」
「ずっと四季くんの気持ちがわからなかった…」
「え?」
「わたしばっかり好きで…浮かれて…はしゃいで…」
「彩ちゃん…」
「四季くんはいつも大人で…わたしは子供っぽくて…
「彩ちゃんごめん…」
彼女は両手をゆっくりと下ろし、顔を上げた。
…瞳が揺れている。
不覚にもその泣き顔に、
「彩ちゃん、涙…」
「大丈夫、ありがとう…」
彼女は鞄からハンカチを取り出し、濡れた頬を拭った。
「俺の気持ちなんて、一喜一憂するに値しない、どうでも良いものだと思ってたんだ。君がこんなに泣くなんて…ごめん…」
「四季くんは…わたしが四季くんの心内に興味がないと思ってるの…?」
「…彩ちゃんが、とかじゃないんだ。今までの恋愛相手が自分の事を知ろうとしてるってゆう感覚が…よくわからなかった」
「わたしは…四季くんの事なら何でも知りたい…四季くんは、わたしの事を知りたいとは思わない…?」
「思ってるよ。君のことを知りたい。だからこうして、君の表情…目の動き一つ逃さないように見てる」
彼女の瞳が揺れ動く…恥じらう時の表情。
「でも、言葉でそれを表現するのは苦手で…」
「どうして…?」
「…俺は、君のように話が上手ではないだろ?」
「え?」
「君のように賢くない」
「そんなこと…」
「俺の家は…母親が居なくて」
「え…?」
「気付いたら親父と二人で暮らしてた」
脈絡の無い話にも、彼女は聴く姿勢を崩さないで居てくれる。
「親父は働き詰めで、顔を合わせても親子の会話は無くて、中学までは何となく話をしてたと思う。もう何を話したかも覚えてないけど」
最後に顔を合わせたのすら、いつだったか思い出せない。
「もっと話しかければ良かったんだろうな、なんでも良いから……話さなくなってしまったまま、親父は死んだ」
「…え…?」
「17歳の時、何も伝えられないまま死んだ。でも、何を伝えれば良かったのかも分からない。ありがとうやごめんで良かったのか…もっと他愛のない話しでも良かったのか…未だにその答えを見つけられずにいる」
あの頃の親父の顔は浮かぶのに、どんな話をしたのか…本当に思い出せない。
「俺は君が思うような男じゃないかもしれない」
彼女は首を横に振る。
「だけど君と出会って、君の事を知りたくなって、慣れないバスに乗った。初めて会った子に声をかけた。君の事が好きだから…君が俺を動かした」
「そんなっ…」
「間違いなく君が俺を変えてくれた」
彼女は首を縦に振ろうとはしない。
「だから今日話そうと思った。自分の気持ちを…今まで言って来なかった、話そうともして来なかった事を」
「…四季くん…」
「何?」
「…四季くんの話が聴けて嬉しい…話してくれて嬉しい」
彼女は、想いをきちんと言葉にしてくれる。
「…上手く伝えれなくてごめん」
彼女はまた首を横に振る。
「わたしは…四季くんより子供だけど…四季くんよりも出来る事は少なくて…心許ないかもしれないけど…」
「…彩ちゃん」
「必ず大人になるからね…」
この子に回りくどい言い方は通用しないんだと…改めて痛感する。
「四季くんに追い付けるように…」
君は分かっていない。
今日ほど自分が、大人と言われる事をどれだけ皮肉に感じたか…
君が子供だと言える事を、羨ましく思ったか…
「彩ちゃん…待ってるから。ゆっくりでいいよ」
そしてまた今日も、大人のふりをして皮肉を口にする。
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