「四季くん…」


「何?彩ちゃん」



薄暗い館内で、少し声を潜めた。



「四季くんは水族館に来た事ある?」



見上げると、彼はいつもわたしの視線に寄り添おうとしてくれる。



「あるよ。ここじゃないけど。彩ちゃんは?」


「わたしもある。小さい時、親に連れて来て貰った。友達とも来た事ある」


「そうなんだ」


「四季くんは…誰と行ったの?」


「え?水族館?」



首を縦に頷くと、四季くんは遠い眼差しを水槽に向ける。



「誰って言うか、修学旅行で行ったから」


「…学校行事以外で来た事はないの?」


「そうだね」



遠回しにプライベートを探るような言い方になってしまい、少し後悔した。



彼のプライベートは分かり難い。あまり自分の事を話してはくれない。



仕事の事とか、家族のこと…どんな友達がいて、休日はどんな風に過ごしているのか…どんな服が好きで、何を好んで食べて、どうゆう子を好きになってきたのか…



聞きたいけど聞けれずにいた。



「彩ちゃん、まだ見る?次行く?」



四季くんは、わたしと居て楽しい…?



「次に行ってみる」



そんな事を思いながら、歩き出した。



「四季くん」


「何?」


「あの魚、昔育ててた魚に似てる」



水槽の中を指差してみると、彼も同じ目線まで屈んでくれた。



「え?綺麗だね」


「今はもういないけど」


「そうなんだ」


「四季くん」


「何?」


「四季くんは魚を育てたことある?」


「え?ないな…釣ったことならある」


「えっ!?」



思わず大きな声が出てしまい、声のボリュームを意識して落とすよう心がけた。



「四季くん凄いね!釣りをした事あるの?」


「全然凄くないよ…会社の付き合いで何回かね」



凄い…凄い…四季くんが自分の話をしてる。



「会社の付き合いは他にどんな事をするの?」


「…え、ゴルフとか」


「ゴルフ!?」



また大きな声が出てしまった。



「四季くん凄い…ゴルフするの?」


「いや全然凄くないんだって…付き合いだから」



ゴルフも釣りも、彼がしているとわかった途端、わたしも挑戦したくなる。



「四季くんは運動が好きなの?」


「いや…どうかな…特に運動とか何もしてないし」


「スポーツだったら何が得意?」


「…特にないけど、空手は昔習ってた」


「空手!?」


「彩ちゃんさ…」


「ごめんなさい。大きな声出して」



咄嗟に口元を両手で覆う。



「…じゃなくて、魚見てよ…俺はいいから」



困ったような彼の表情に、呆れてしまわれたかと恥ずかしくなる。



四季くんの事を知りたい。もっと四季くんの話を聞きたい…止まらない欲望が爆発しそうなのに…



あなたは気づいていない。



わたしが今日、どれだけの雑誌を読みあさり、どれだけの服を着ては脱ぎ、鏡と向き合いながら、今日とゆう日を迎えたか…



あなたに相応ふさわしい女性になりたい。



「彩ちゃん」


不意に名前を呼ばれて彼を見上げる。



「四季くん…」


呼ばれたのに、返事もせずに名前を呼び返す。



「何?」


彼の右腕を左手でさする。長袖がたるんでしまい、腕を掴んで彼の体に寄り添った。



「彩ちゃん?」



四季くんが足りない…


四季くんが全然足りない…



「四季くん…」


「何?」


「水族館に行きたかったんじゃないよ…」


「え?」



大きな水槽の前まで来ると、彼は立ち止まった。



「水族館に行きたかったから四季くんに連れて来てもらったんじゃないよ…四季くんと行けるから楽しみにしてたんだよ」


「彩ちゃん」


「魚をただ見るだけなら一人でも行くよ…わたし高校生だよ?」


「彩ちゃん」


「四季くんとたくさん話をしたいの…四季くんの事をもっと知りたいの…」


「彩ちゃん、わかった…」



わかっていない…



こうして触れているのは、あなたの顔をまともに見る事が出来ないからなのに。



握り締めた彼の腕は見た目よりも逞しい。

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