「彩ちゃん着替える?それともお風呂入る?」


「四季くんの服?貸してくれるの?」


「え?」


やけに服を強調して聞いてきたなこの子…



「着替え無いよね?」


「うん」


「おいで」



彼女を寝室へ連れて入り、クローゼットを開けた。引き出しの中に入っている服を広げて見る。



「これは?」


「これにする」


彼女に服を差し出したら受け取った。



「あ、こっちの方が小さいかも…」


「それにする」


服を受け取ろうと手を伸ばしてくる彼女に、もう一着持たせた。



「でもこれ半袖か…寒くない?」


「全部着る」


「うん…え?」


「四季くんの服だ…」


両手に服を抱え、胸に抱き締めている。



「彩ちゃん…?」


「四季くんに抱き締めて貰ってるみたい」


「えっ!」



何て事を言うんだこの子は…



「…彩ちゃん」


「四季くんありがとう」


「はい…」



言おうとした言葉を呑み込んだ。彼女の笑顔に水を差すみたいで…



「お風呂にする?」


「四季くんお嫁さんみたいだね」



彼女は泊まれると分かった途端、ずっと楽しそうな声で話しかけてくる。


まるで遠足に来ている子供の様だ。



「お風呂沸かしてくる」


「わたしも手伝います」


「彩ちゃんはお客さんだから座って待ってて」


「お客さん…」



風呂場に入り、ドアを閉めた。


「はぁ…」


ドアを背に、天井を見上げる。



「どうすんだこの状況…」


胸の内が言葉になり出てしまう。



親戚の子を家に泊まらせたと思えばやり過ごせるだろうか…そもそも親戚がいねぇ…



友達の子供を預かっていると思うのはどうだろうか…大きすぎるな…



その辺で子猫を拾ったとか…無理があるか…




あれこれ考えるのは得意じゃない。




「とりあえず風呂沸かそ…」




風呂場を出てリビングに戻ると、ソファに横たわる彼女の姿が見えた。



グダグダ考えてもしょうがない…泊まらすと決めたのは自分で、なるようにしかならない。



「あ、四季くんお帰りなさい」


ソファから顔を出した彼女が声をかけてくる。



「四季くん見て、四季くんの服、すっごく気持ち良い」


ソファから降りるとこちらに向かって駆け寄って来た。


さっき渡した服を着てはしゃいでいる。



「四季くん…」


「なに?」


「怒ってる?」



彼女の手が無邪気に腰に触れてくる。お互いの体が触れるか触れないかの距離で見上げてくるその表情は困惑していた。



「四季くん…」


彼女の手が顔まで伸びて来て、頬を撫で、耳に触れた。思わずその手を握り取り、瞼を閉じて顔に擦り寄せる。



「怒ってないよ」


瞼を開けて、言葉を返す。



「四季、くん…」


彼女に視線を合わせると、握っている手が温かく、顔の血色が赤みを帯びていた。



彼女の腰を抱えるように抱き寄せたら、首に手を回してしがみ付いて来る。



「彩ちゃん、顔上げて」


ゆっくりと視線を合わせて来た彼女に、「そのままキスして」と顔を近づける。



「四季くん…」


口元で名前を呼ぶから、吐息がかかる。



「なに…」


唇が触れるか触れないかの距離。



「好き…」


彼女はそう言って、ぎこちなく触れてくる。


キスと言うには程遠く、唇の先が触れ合って終わる。



「四季くん…もう無理…」


顔を真っ赤にして、震える声を出す。



彼女の髪を耳の後ろへ掻き分け、赤く染まる頬に口付けをした。



「四季くん…もう怒ってない…?」


潤んだ瞳で問いかけてくる。



「怒ってないよ」


「じゃあ…どうしたの…」


「彩ちゃん、俺のこと怖い?」


「怖くない。でも何か、四季くん笑ってくれない…」


「彩ちゃんは、ここに居て楽しいだけかもしれないけど」


「え…?」


「前も言っただろ。俺は君を女性として見てるって」


「うん…」


「君が楽しいと思ってしてる事全部に、共感してあげられない」


「…四季くん」


「なに?」


「じゃあ…どうしたら良いの…わたしは…四季くんとの温度差をどう解消したらいいの…」


「それは俺にもわからない。ただ、楽しいだけが良いなら、もうここには来ない方がいい」


「……」


「どうする?彩ちゃん」


「四季くんはズルイよね…もう少しわたしが大人になったらしようって言ったのに…」


「え?」


「四季くんはさっきみたいに急に男を出してくる…」


「え?」


「わたし分かってるよ…男女が夜を共にするって事は、何か起きてもしょうがないって…」


「いやちょっと待って、」


「別に楽しいだけじゃない…今日だって覚悟して来た…」


「待って彩ちゃん…」


「ただ、いざそうなると…恥ずかしいし…どうしたらいいか分からないし…四季くんかっこいいんだもん…」


彼女は顔を両手で覆い俯いた。その手と、髪から覗く耳まで真っ赤になっている。



「彩ちゃんごめん…」


「…今顔上げられない…」



俯いたままの彼女が、か細い声を出す。



「彩ちゃん…そのままで良いから、ちょっとジッとして…」


「ひゃっ…!」


彼女の脇と、膝の後ろを抱えるように担ぎ、リビングを出る。驚いた彼女は、顔を覆うのも忘れて首にしがみ付いた。



「彩ちゃんドア開けてくれる?」


寝室の前で彼女に声をかけると、黙ってドアノブを引いてくれた。


「閉めて」



もう一度頼むと、彼女がドアを閉める。


電気の付いていないこの部屋は、閉め切ると真っ暗になる。



ベッドの上に彼女を下ろした。



「ここなら彩ちゃんの顔はよく見えない」


「四季くん…」


「だからきちんと話をしよう」 


「四季くんの顔もよく見えない…」



ベッドの上を手探りに彼女の手を握り締めた。



「ここにいる」


「四季くん…」


彼女はギュッと手を握り返してきた。

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