5
拓と彼女と過ごす時間は、思ったよりも心地良く、彼女と拓がそうゆう空間を作ってくれたんだと思い、有り難かった。
酒を飲んでいないからか、食ってばかりいたら2時間もすれば腹一杯で、今日の所はお開きにしようと終えた。
拓がご馳走してくれるなんて言うから、俺が後から文香に怒られるだろうが!と言って本気で拒絶したら、うちの嫁を鬼嫁みたいに言ってんじゃねぇよ!と言われた。
鬼嫁だろうが…
マジで俺が後からドヤされるのを分かっていない。
「拓さん、ご馳走様でした。今日は楽しかったです。本当にありがとうございました」
「うん、うん、彩ちゃんもね…」
「何がだ」
「四季、おまえまた飲みに連れて行けよ」
「わかった。気をつけて帰れよ」
拓も車で来ていたから、店の前で別れた。
彼女が今日の場をどう思っているのかは分からない。嫌な思い出にだけはなって欲しく無いと思った。
「彩ちゃん、これから送って行くけど、どっか寄りたいとこある?」
車に乗り込み、エンジンをかける。
「ある」
彼女は即答した。
「どこに寄ればいい?」
車を発車させ、出口へ向かう。
「四季くんの家に行きたい」
「オッケ。じゃあ先に俺ん家…」
「ありがとう」
「は?」
駐車場を出て車を進める。
「彩ちゃん、俺の家は寄り道するような場所じゃなくて…」
「オッケーって言ったのに?」
「いや、ちょっとそこのコンビニまで…って思うじゃん…」
「四季くんの家に行っちゃダメなの?」
「彩ちゃん…」
「この間は入れてくれたのに?」
「あれは昼間だったし、仕事の連絡があったし」
「夜だとダメなの?用事が無いと入れてくれないの?」
「彩ちゃん…」
「少しだけ…四季くんお願い…もう少しだけ一緒に居たい」
彼女は自分の欲求を相手に押し付けるような子じゃない。だからそんな彼女がここまで頼むならと…馬鹿な俺は了承してしまった。
男ってのはつくづく馬鹿でどうしようもない生き物だと、自分の身を持って実感した。
彼女に言われるがまま自宅に寄り、家の中へ招き入れた。昼間と夜とじゃ、連れ込む方の
彼女は俺の家に向かってる間ずっと嬉しそうで、そんな彼女を見るのは微笑ましいのも事実だが、そうは言ってられないのが未成年と成人の違いかもしれない。
リビングに入ると、彼女は鞄をソファの横に置いて、ソファに座らずこっちに向かって歩いて来る。
「四季くん、今日泊まっていい?」
「…え?」
突拍子も無い事を言い出した。
「なに?」
「四季くんの家に泊まりに来ました」
「誰が?」
「わたし」
「何言って…」
「四季くん」
「送ってく」
「四季くん…」
「彩ちゃん帰ろう」
「四季くん…」
悲しそうな顔で、泣きそうな声で、俺の名前を呼ばないで欲しい…
「彩ちゃん、どうして?」
「四季くんは…どうしてダメなの?」
「君は未成年だから…帰らないと」
「今日は四季くんがあたしの保護者でしょ?」
なんだその、聞き覚えのあるセリフ…
「さっきのお店だって、四季くんと行ったから校則違反にならないよ」
「全然違うよ」
「同じだよ、知らない人の家に泊まるんじゃないもん…四季くんの家でしょ?」
「彩ちゃん…違うよ。さっきのお店は、そもそも彩ちゃんの学校の規則を知らないから…不可抗力で、拓も居たし、保護者として成立するかなって思った。でもここは違う。俺達は男女だろ?未成年を保護者の許可なく泊めれない。無断で外泊したら、彩ちゃんの両親も心配する…」
「泊まるって言って来たもん…」
「え?」
「亜美の家に泊まるって言ったから無断外泊じゃない」
「嘘だろ…」
彼女には本当に驚かされる…
「じゃあ今日、最初から帰らないつもりだったって事?」
「四季くんが家に入れてくれなかったら、仕方なく亜美の家に送って貰おうと思ってた」
俺の馬鹿野郎…
「でも連れて来てくれたから…」
俺の馬鹿野郎…
「四季くん…怒った?」
彼女を責められる訳がない…
「彩ちゃん、一回座ろうか」
彼女をソファへ誘導し、自分も落ち着く為に腰を据えた。
こんな話し合いがまさかこの部屋で行われるなんて、このソファを買った時には想像もしてない…
「四季くん…怒ってる?」
「怒ってないよ」
「困らせてごめんなさい…」
「彩ちゃん、急にどうして?」
「急じゃないよ…ずっと思ってたよ。四季くんと離れたくないって。まだ一緒に居たいって…でもわたしだってわかってる…ダメなんだってわかってる。だからいい子にしてたよ…ずっと…我儘言わずにいい子にしてた…」
声は震えているのに、自分の意思で物事を決めようとする彼女の意思は、はっきりしているように見えた。
「わかった」
彼女の頭に手を乗せた。
「泊まっていいよ」
「四季くん…」
「でも今日みたいに勝手に一人で決めるのは良くない…ちゃんと話して」
「四季くん…」
「わかった?」
「四季くんありがとう!」
「いや彩ちゃんわかってる?」
「はい!」
彼女の嬉しそうな顔を見ていたら、一体何に拘って悩んでいたのかどうでも良くなった。
彼女と付き合うと決めた時点で、既に世の中から後ろ指差されているんだ。彼女が喜ぶならそれで良いんじゃないかと思ってしまう。
「彩ちゃん、着替えないよね?」
「あ、下着と歯ブラシとか最低限のお泊まりセットはここに持って来ました」
得意げな声で、彼女はソファの横に置いていた鞄を手に取って見せて来た。
「え?それずっと持ち歩いてなかった?」
「うん。小さいけど下着とか丸めたら以外と入って…」
「下着入ってんの?」
「入るように見えないよね?本当だよ?四季くん見て」
「いや大丈夫…見ない。彩ちゃん、下着は持ち歩くのやめようね…」
「え?」
彼女には教えないといけない事が多そうだ…
「万が一、鞄から出て落ちたりしたら、恥ずかしい思いするの彩ちゃんだから。やめようね」
「…ごめんなさい」
思い立ったら何をするか分からない彼女の言動はたくさん見て来た。危ない目に合わない様に、自分の傍に居させとく方が安心な気さえしてくる。
「また泊まりに来たい時はちゃんと言って。きちんと準備してから進めよう」
「また泊まりに来ても良いの?」
「彩ちゃんが約束守ってくれたらね」
「四季くん…ほんと?」
「約束守ってね…」
「四季くん…嬉しい!」
「彩ちゃん…約束」
「はい!」
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