拓が頼んでくれていた料理以外に、追加で注文するかと聞いたが、彼女は欲しいものを要求して来なかった。



だけど、取り分けてあげると「美味しい」と言って食べる様子から遠慮しているようにも思えない。



「四季くん、お手洗いに行ってくるね」


「あ、じゃあ一緒に行こう」


「は?ば!おまえ、ちょ、待て。トイレに一緒に行ってどうすんだ」


「場所わかんねぇじゃん」


「すみません…初めて来たんで…場所だけ聞いてすぐ戻って貰いますね」


「あ、あぁ…いや。行ってらっしゃい」



個室を出て通路へ向かう。



賑やかな店内の中で、彼女が腕を引いてきた。



「四季くん、四季くん」


「なに?」


彼女の声を拾うように耳を傾けると、彼女は腕を引いたまま、耳打ちをするように手を添え、



「お料理すっごく美味しいね」


と、楽しそうな声を発する。



その彼女の楽しそうな様子に、こっちまで気分が上がってくる。



「帰り道わかる?」


トイレまで案内すると、彼女は「大丈夫、ありがとう」と呟いた。



踵を返して拓の居る個室へと戻る。



襖を開けるなり、


「おまえめっちゃ美人じゃねぇか」


と、拓が騒がしい。



「だから言ってんじゃねぇか」


席へ着いて、ジンジャエールを喉へ流し込む。



「言ってねぇわ!てめぇおとぎ話のお姫様がどうのこうのって!」


「だから美人じゃねぇか」


「なるほど…いやちげぇわ!いや違わねぇけど、どこのお嬢様だよ?」


たちばなに行ってる」


「へ?」


「橘高等学校」


「…本物のお嬢様じゃねぇか!」


「もう共学になってるけどな」


「そうゆう問題じゃねぇだろ」


「拓、わかってる」


「は?」


「後先考えてねぇし、釣り合ってねぇのもわかってる」


「四季、」


「でも好きなんだ…黙って見届けて欲しい」


「馬鹿野郎かおまえは」


「おまえに言われたくねぇわ」


「いやそうじゃなくて。俺は反対してんじゃねぇし」


「あ、そうなん?」


「そうだろ。反対してたら高校生って知った時点でやめとけって言ってんだよ」


「そうか…」



拓の言い回しに少し安堵した。



「四季は筋の通ったいい奴だから。俺はおまえが好きなんだよ」


「おまえいつの間に酒飲んだ?」


「飲んでねぇわ!ジンジャエールばっかだわ!」


「なんだよ気持ちわりぃな…」


「おまえが、あの子に遊ばれてるって事はないよな?」


「はぁ?」


「親父狩りに会ってねぇか?パパ活とかされてねぇか?」


「されてねぇわ、何だそれ…」


「あの子信用できんのか?四季、最近の女子高生ってこえーんだぞ?」


「文香が女子高生の時より?」


「馬鹿野郎!あれはまた意味合いがちげぇんだよ!」


「拓、大丈夫だ」


「ほんとかよ!」


「あぁ。仮に俺が騙されてたとしても、あの子の所為じゃない。俺に見る目がなかった。そうだろ、拓?」


「いや知らんけど…そうだな、四季がそう言うならそうだな」



心配をして貰えるのは有り難い。でも、自分で選んだ道は自分の信じるままに進みたい。



拓は俺をいい奴だと言う。だけど、人の為に怒れる拓の方がよっぽどいい奴だ。



「…彩ちゃん遅くない?」


「えぇ?大丈夫だろ。子供じゃねぇんだから。迷子になんねぇよ」


「ちょっと見てくるわ」


「おまえトイレまで行ってやるなよ…」


「中まで入らねぇわ」


「入れねぇわバカ」


「何かあったのかも…」


「何もなかったらどうすんだよ?お腹痛いだけかもしれねぇじゃん…やめてあげろ。まじで。トイレの前で男に待たれてたら恥ずかしいだろ」


「俺も小便してぇんだよ」


「あぁそうかよ行って来いよ」



拓が面倒くせぇから適当な事を言って彼女を探しに行った。流石に迷子になっているとは思ってないが、何かあったのかもしれないと不安にはなる。



「四季くん!」


トイレに向かって一直線に進んでいると、名前を呼ばれた事に気づいた。



「四季くん!」


聞き慣れた声は紛れもなく彼女で…



「四季くんもトイレ?」


「いや、彩ちゃん迎えに来た」


「え?ごめんなさい…」


「何かあった?」


「魚見てて…」


「魚…?」



彼女の視線を辿ると、大きな水槽が見える。



「あぁ、あの魚?」


「トイレから出たら目についてしまって…」


「彩ちゃん魚好き?」


「うん。魚ってゆうか、熱帯魚が好きなんだけど、ここのお魚さん達は食べれる魚ばかりだね」



実際、その水槽の魚はこの店で調理されているとは何となく言えなかった。



「今度水族館行く?」


「え…?行きたい…」

 


彼女は口元を両手で覆い、目を見開いた。



「わかった。そろそろ戻ろう」



彼女の背中に手を添え、進むよう誘導する。個室に向かう最中、腕を引かれて振り返る。



「四季くん…本当に水族館に一緒に行ってくれる?」


「え?あぁ、勿論」


「ほんと?やったぁ…嬉しい」


「うん」


「四季くんありがとう」


「うん」


「四季くんと初めてのデートだね」


「うん、え?」



魚が見たくてこんなにも嬉しそうにしてるのかと、それはそれで微笑ましく思っていた。だけど、自分とのデートにはしゃいでいるのかと思ったら、それはそれでグッと来た。

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