季節が5月に変わり、連休を迎えることができた。拓もこの連休は仕事が休みで、いつか会わせると言っていた彼女を連れて、会う約束をした。



受験生に休みはないと言うが、彼女もまた同様に毎日勉強をしている様だった。



拓は連休中、家族との時間を過ごすため、その内の1日を俺に分けてくれたらしい。日中は子供達と出かけるみたいで、17時から外で会おうと言われた。



行きつけの店で落ち合うことになり、彼女を図書館まで迎えに行った。殆ど毎日、朝から晩まで図書館に居るらしい。



16時に図書館の駐車場に着いて、車から降りる。図書館の敷地内に石段があり、彼女はいつもそこに立っていた。



座って待っていないのが彼女らしいなと感じる。



「待たせた?」



声をかけたら、視線を合わせて来る。



「四季くん」



彼女の笑い方は、控えめに言って好きだ。



駐車場まで歩き、車に乗って行きつけの店まで移動した。



今日の事を彼女に伝えたら、快く了承してくれたは良いけど、内心はどう思っているか分からない。乗り気では無いかもしれない…



「彩ちゃん…」


「ん?」


「帰りたくなったら言ってね」


「え?」


「言い難かったら、メールとかで知らせてくれてもいいし」


「四季くん、ありがとう」


「いや、ほんとに…」


「うん。ありがとう」



彼女はそう言って窓の外に視線を向けた。この話は終わりと言う事だ。



行きつけの店は、拓と良く飲みに行く場所でもある。カウンターからテーブル席、個室もあって使い易く、なんせ料理が美味い。



個室は予約制で、拓が予約をしてくれた。



近くの駐車場に車を停め、彼女を店へ案内する。



「凄い…四季くん大人だね」


「え?何が?」


「こうゆうお店、初めて来た」



店主には申し訳ないが、その辺にある普通の居酒屋と何ら変わりはない。



連休中と言うこともあってか、入り口は混雑しており、店員が声をかけて来るのを待っていた。



「高校生って、こうゆうとこ来ない?」



彼女の身長に合わせて耳元に話しかけると、彼女もまた、俺の肩に手を当て、耳元に顔を寄せるから、隣に姿勢を傾けた。



「うちの学校の生徒は、規則で保護者同伴じゃないとアルコール提供するお店に入れないの」


「はぁ…?」


「今日は四季くんが保護者だね」



そんな可愛い事を言われると、規則とかルールとか、どうでも良くなってくる。



直ぐに店員に声をかけられ、拓の名前を伝えると、個室へ案内してもらった。



「もう来てるんだって」


「あ、そうなんですか?」



店員が案内してくれた個室は座敷ではなくテーブル席で、襖を開けたらそのまま座れるようになっていた。



「よう四季!」



開けるなり入るなり、変わらないいつもの拓が出迎える。



「先に来てたんだな」


「おうよ!居てもたってもいられず…あ、こちらのかた?」



彼女に気づいて、拓が声をかける。



「あ、初めまして…山下やました彩と言います。今日はお招き頂き、ありがとうございます」


自分が紹介しようとする前に、彼女は自ら進んで自己紹介を始めた。



思わず拓と顔を見合わせる。育ちの良さが俺らとは違うな…と、一瞬で拓と心が通じ合った。



「あ、これはご丁寧に…まぁどうぞ、座って下さい」



急に接待染みた対応をする拓に職業柄仕方ないのかと腑に落ちる。



「改めまして、四季とは高校からのツレ…仲間…お友達で、大崎おおさき拓って言います。よろしく」


「はい。拓さん、こちらこそよろしくお願いします」



頭を下げた彼女は、一々所作が丁寧だ。今年31歳になる自分らとは大違い。



「適当に注文しといたから、るのあったら追加で頼むよ」



拓が彼女に声をかけると、「その時はお願いします」と答えた。



「彩ちゃん、帰りたくなったら言ってね」


「おい!早々に帰らそうとすんな」


「声がでけぇんだよ」


「おめぇは態度がでけぇだろうが」



言い合って、拓と気付く。隣に座る女子高生が一番静かに食事をしている。



「飲み物、何にする?」


拓がメニューを開く。



「ジンジャエール」


「じゃあ俺も…」


「飲まねぇの?」


「今日飲んで帰ったらしこたま怒られる」



拓が怒られてんのはいつもの事だ。



「彩ちゃん、何飲む?ソフトドリンクとか…この辺にあるよ」



拓からメニューを受け取り、彼女に差し出した。



「じゃあ烏龍茶をお願いします」


「拓、注文して」


「オッケ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る