退院が決まったと、拓に連絡した次の日、伸びた前髪を触りながら時間の経過を感じていた。



前髪を切る前に、会いたい人がいる―…



半年以上過ごした病室を出て行く時は、何だか変な気分だった。



その日、じいちゃんが迎えに行くと言ってくれたけど、荷物だけ持って帰って貰い、自分はタクシーで帰ると言った。



じいちゃんにどこかへ行くのかと聞かれ、会いたい人がいると打ち明けた。



いずれ、会って欲しい人だと伝えた。



じいちゃんは驚いた様に「そうか…」と呟いて、「ばぁちゃんが喜ぶだろうな」と微笑んでくれた。



そんな会話をした所為で、彼女に会いたいとゆう想いに拍車がかかり、タクシーに乗って向かった先は、彼女と出会ったあのバス停。



そこに彼女が居るとは思っていない。



ただ何となく、あのバス停に立ちたかった。



出会いから今までの事を思い出して、気持ちを整理したかったのかもしれない。



こればっかりは、後先考えずに動く訳には行かない。慎重に事を進めなければいけない。



彼女の人生だから、しっかり考えようと思った。



見えて来た目的地へ窓越しに視線を向けた。



「ここで降ります」



バス停の手前で降ろしてもらい、タクシーがゆっくりと発車して進んで行くのを見送った。



運命だとか、奇跡だとか言う言葉は好きじゃない。これまで築いて来た過程を、簡単に言葉で表して欲しくもない。



それでも、この出会いに名前を付けるとしたら…この一瞬の時間に、名前を付けるとしたら…



タクシーの窓からその姿を捉えた時、これが運命かと…これが奇跡かと…思わず運転手に視線を向けてしまった。



一歩一歩足を動かし、白い息に混じって溜め息が出る。



この寒さの中、彼女がいつからそこに立って居たのかは分からない。頼むから風邪を引くなよと、心配になる。



思えばいつも、寒い日に限ってバスに待たされている。



そっと声をかけると、彼女は変わらない視線を向けた。



「四季くん」と、名前を呼んでくれる。



腕を広げると、その温もりを全身で感じさせてくれた。



久しぶりに見た彼女は、何も変わってないようで、何かが変わってるようにも見える。



髪が少し伸びたなとか、表情が柔らかくなったなとか、小さな変化すら新鮮に感じた。



「ねぇ、四季くん」と、彼女が見上げてくる。



「何?」と聞き返せば、彼女は少し微笑んで、



「四季くんって何歳なの?」



不思議そうに首を傾げる。





———俺たちの時間は、今日ここから再び始まるんだなと…




「彩ちゃんって、歳の差気にする?」


「え?」



———柔らかく微笑んだ彼女を見て、確信した。






(完)

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