7
わたしは、四季くんって人が良く分からない。
何歳で、何をしてて、どこに住んでいるのか…
だけどそれは、わたしが彼の事を忘れてしまった所為。
「彩ちゃん、」
病室の窓から外を眺めていたわたしは、四季くんに名前を呼ばれて振り返った。
「前も言ったけど、もうここには来ない方が良い」
四季くんは少し真面目な顔でそう言った。
「それって、」
「…もう嘘は言わない」
3ヶ月前、退院するから来るなとわたしに嘘を吐いた事に、後ろめたさを感じている様だった。
「あいつがここに入院してたんだ」
「あいつ…」
きっと、わたしと付き合ってた人の事…
「あ、わからない…?」
「ううん、付き合ってた人…だよね」
「うん…」
それから四季くんは教えてくれた。
あの松葉杖の男子が同じ病院に入院してると分かったのは、幸か不幸かわたしがキッカケだったらしい。
四季くんのお見舞いに通い出して一週間頃、エレベーターで遭遇した男達の事をわたしは四季くんに話した事がある。
集団で乗り込まれて、5階で降りれなかった。
その話を聞いた四季くんは、次の日わたしを1階のロビーで待っていてくれた。
その時、あの男達がわたしが訪れる数分前に来院したらしい。
その男達の顔を見て、四季くんは確信したと言っていた。
わたしが記憶を無くす原因となった日…
昨日、亜美から聞いた話。
毎年秋に行われる交流会に向けて、亜美を入れたクラスの子数人と学校に残って、わたしは作業をしていたらしい。
四季くんと連絡を取り合ってたわたしは、四季くんから連絡が来てたのに、作業に夢中になって…彼からの連絡に気づかなかった。
気づいた時、辺りは真っ暗で、時間の経過を物語っていた。
すぐ四季くんに掛け直すと、四季くんは心配して学校の近くまで来ていたらしく、送ってくれると言った。
亜美も一緒に送ってもらうとわたしは言ったらしい。だけど亜美は気を遣って先に帰ったんだそうだ。
その時わたしは、バス停に向かっていたと亜美は言ってた。
きっと、バス停で四季くんを待つつもりだったんだろうとも、亜美は言ってた。
ここからは、四季くんから聞いた話。
四季くんはバス停に居るわたしを見つけて、車をそこに停車した。
わたしを呼びに車から降りて「遅くなったら迎えに行く」とか「連絡くれれば送って行くから」と、どれだけ心配したかを遠まわしにわたしへ伝えてくれたらしい。
そんな会話をしてた時だった。
私達の方に向かって歩いてくる数人の男に四季くんは気づいたんだそう。
それは直感の様なもので、嫌な予感がしたと言ってた。
四季くんが感じたその嫌な予感は的中した。
駆け寄って来た数人の男は、一瞬でわたしの腕を掴み、邪魔だと言わんばかりに投げ飛ばした。
四季くんがわたしへ近寄る隙を与えず、男達は寄ってたかって四季くんに殴りかかった。
わたしはその時、自分がどうしていたかなんて、もちろん覚えていない。
四季くんは、襲われてる中で、一瞬わたしが見えたと言った。
四季くんが意識を取り戻した時、わたしが居たから安心したと言っていた。
殴られすぎて、四季くんもその間の事は覚えてないみたいで、わたしがその後どうなったのかも分からなかったから、わたしが無傷で居たから大丈夫だったんだと思った。
だけど、わたしが四季くんに対して他人行儀だったから、何かあったんだとすぐに思ったそうだ。
自分が重症を負ってるにも関わらず、わたしの心配をしてくれていた四季くん。
それに比べてわたしは、傷ついた彼の心を置き去りにして、自分の心だけを守り、記憶を手放したような人間。
四季くんを置いて逃げ出したも同然だ。
だけど今更何を言ったって始まらない。
…事実わたしは、何も覚えてないのだから。
「その時の男が居たんだ」
わたしがエレベーターで遭遇した数人の男が、四季くんを襲った男達と同じだとゆう事。
「だから、あいつがここに入院してると分かった」
「それで…」
「彩ちゃんにとってここは安全じゃないと思った」
「それは四季くんも同じじゃ…」
「あいつは俺が入院してるのを知ってた」
「じゃあ尚更、」
「警察沙汰にもなったのに、下手に俺に接触したら、あいつに余計な疑いがかかるだろ?だからあいつは接触したくても出来ない」
そう言って微笑んだ四季くんに、胸がチクリと痛んだ。
「ごめんね」
わたしが今更何を言ったって、四季くんはわたしを責めたりはしない。
わたしの謝罪に、四季くんは何も答えなかった。
その代わり、わたしに笑ってくれた。
「彩ちゃんとここで会ったなら、あいつはまたここに来る。だから、もうここへは来ないでほしい」
「うん…」
「ちょっとの間、会えなくなるね」
「どのくらい?」
「さぁ、検査結果が良かったらすぐ退院できるよ」
「すぐ?」
「うん」
「また何ヶ月も会えなくなったりしない?」
「…彩ちゃん」
「何?」
「俺と会えないの、寂しい?」
四季くんは柔らかい笑みを作る。
ふざけや冷やかしなんて感じない。
「寂しいに決まってる」
だからわたしは、真面目に答えた。
「じゃあ、もう行った方が良い」
「…うん」
「一応、担当の看護師に付き添って貰って」
「そんな事出来るの?」
「頼んでみる」
「…うん」
「それと、」
四季くんはわたしに、あいつの事は気にするなと言った。
「彩ちゃんには、もう近づいて来ないようにする」
そう言った四季くんは、ナースコールを押した。
すぐに駆けつけた看護師に、事情を説明してくれた。
看護師は了承してくれて、下まで付いて来てくれる事になった。
1時間程の四季くんとの再開はあっとゆう間に終わり、別れる時も呆気なく病室を後にした。
病院の外に出て、看護師にお礼を言おうとしたわたしは、
「こっちへ」
看護師に腕を引かれてタクシー乗り場へと連れて行かれた。
「上村さんが、タクシーに乗せて帰って欲しいと…」
「え!いやわたし、そんなお金ないです…!」
腕から看護師の手を離し、わたしが拒否を示すと、看護師はおもむろにポケットを探り、
「上村さんから預かってるんで、これで…」
と、一万円札を手渡してきた。
「四季くんが!?」
「はい、自宅の前で必ず降りるように言ってくれと言われたんで…」
どこまでもわたしを心配してくれるんだなと、逆に申し訳なく思った。
「お金は返しますって、四季くんに伝えてもらえますか?」
「あ、はい。とにかく乗って下さい。必ず自宅の前までタクシーを着けて貰って下さいね」
念には念をじゃないけど、看護師に何度も念を押され、タクシーに乗り込み、自宅の行き先を告げた。
動き出したタクシーの窓から、看護師に会釈をして前を向く。
ふと振り返ってみると、看護師はずっとわたしが乗ったタクシーを見送ってくれていた。
それも四季くんに頼まれたのかなって考えると、少しだけ切なくなった。
看護師に言われた通り、いや…四季くんの言い付け通りに、わたしは自宅の前でタクシーを降りた。
すぐに家の中に入り、玄関の鍵をかける。
階段を上がって自分の部屋に入ると、クローゼットを開けた。
何か、何か無いかなと、宛もなく探した。
四季くんに繋がるものが…何か一つでも有って欲しい。
だけど四季くんに結びつきそうなものは一つもない。写真一つ見当たらない。
期待しただけに落胆が大きく、わたしはベッドに横たわり目を閉じた。
こんな事なら、もっと四季くんの事を聞いていれば良かった。
もっと…
何が好きで、何が嫌いか、もっと聞けば良かった。
また会えなくなって、わたしに残されたのは四季くんと過ごした病院での思い出だけ。
その病院にも、もう行けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます