2
「今日も行くの?」
鞄を掴んで席を立った瞬間、投げかけられたその声の方へ視線を向けた。
「行くけど」
何?と促すように見つめた先、
「そうなんだ」
何か言いたげな面持ちをした
「彩さ、あまり関わらない方が良いよ」
それは“誰”と聞かなくても、四季くんの事を言ってるんだって分かった。
「どうして?」
「だって…」
「亜美は四季くんの事何も知らないじゃない」
「…彩、」
「そんな事言わないで」
「でも!」
「亜美にそんな事言われたくない」
視線を
腹が立つような、悔しいような、苛々とした気持ちを落ち着かせようと…無意識に力一杯歩いていた事に気づいて、ふと足の力を緩めた。
四季くんの元へ通うようになったのは一週間前の事。
いつも通り学校が終わって帰宅しようと歩いていたわたしの前に、突然倒れ込んで…いや、倒れていたのを見つけたのか…
はっきりとは覚えてないけど、倒れていた彼の為に救急車を呼んだ。
彼の意識が戻った時、わたしは彼が眠っていたベットの脇に腰掛けていて、
だから、「あなたが大丈夫ですか?」と、逆に聞き返したのを覚えている。
その後すぐにナースコールをしたら、看護師が慌てて駆けつけ、医師によって詳しく診察をしてもらい、ベットに寝たきりの彼はゆっくりとわたしを見た。
その視線を漠然と受け止めていると、振り返った医師もわたしに目を向けた。
「ご家族の方ですか?」
「いえ、」
「はい」
わたしの否定を遮って肯定したのは彼だった。
「ご家族?」
医師の目が彼に向けられ、彼はもう一度「はい」と答える。
「そうですか」
医師はそう返すと、再び振り返ってわたしを見た。
「容態は安定してます。今点滴を打ってるんで、終わったら知らせて下さい」
彼の“家族”だと認識されてしまったわたしは、医師から任務を与えられてしまい、
「分かりました」
それを遂行しなければならないとゆう正義感に
病室に彼とわたしの2人だけになった時、ポツ…ポツ…と落ちる点滴を視界に捉えながら、ベットの横に置かれた椅子へ腰掛けた。
「あの…“誰か”に、連絡しなくて良いんですか?」
“家族に…”と言わなかったのは、わたしを家族だと嘘を吐いた彼に家族とゆうワードを避けた方が良いと思ったから。
「うん」
仰向けに寝そべっている彼は、天井に向けていたその視線をゆっくりと動かし、
「ありがと」
わたしに笑顔を見せた。
「わたしは何も…」
俯いて出た言葉はとても小さな声だったと思う。
現にわたしは、お礼を言われる程の事を何もしていない。
ただボーっとして、人任せに見ていただけだ。
「お願いがある…」
俯いていたわたしは、その言葉に顔を上げた。
「何ですか?」
何の気なしにそう聞き返すと、彼は「うん…」と頷き、
「明日も来てくれないか?」
神妙な面持ちでそう言った。
「……ここへ?」
「うん」
「何故?」
怪訝な眼差しを向けるわたしに、彼は困ったように眉を下げて、どう説明しようか言葉を選んでるようだった。
「話し相手になってくれないか?」
随分と間をあけた後、彼が選んだ言葉はわたしを唖然とさせた。
「話し相手…?」
「うん」
瞳を伏せた彼に、ドクンとわたしの心臓が音を立てる。
――この人には“誰”も居ないのかもしれない。
こんな状況になっても、お見舞いに来てくれる友人も居ないのかもしれない。
そう思うと「わたしで良ければ」とゆう思いが芽生えた。
完全に――わたしは彼に同情していた。
「分かりました」
「…来てくれる?」
「はい」
「ありがとう…」
心底ホッとしたように見えたから、承諾した甲斐があったと思えた。
「だけど、来るのは夕方になります」
「うん」
「学校が終わってからじゃないと、来れません」
「うん」
「良いですか?」
「もちろん」
この時初めて、わたしは彼の穏やかな表情を見た。
こうして、彼の入院する病院へと通うようになったんだけど…
正直、彼の素性は良く知らない。
どこの人で、どんな事をしてる人なのか。仕事はしていないのか…
見た目や話し方から年上だとは思うけど、年齢すら聞けないでいる。
穏やかな口調に、優しい目線…20代後半だろうか…?笑うと少年の様な雰囲気にも見てとれる…もう少し若いのかもしれない。
ただ一つだけ言えるのは、わたし以外に誰もお見舞いには来ていないとゆう事。
だからわたしが毎日彼の元へ顔を出すと、凄く嬉しそうにしてくれる。
そんな彼を見ると「行かなければ」と思ってしまう。
わたしが行く事で、この人が少しでも満たされるなら嬉しく思う。
「こんにちは」
夕暮れ時に訪れた病室に、わたしの声がやけに響いた。
「こんにちは」
彼は変わらず上半身だけ起こしてベットの中。
「いつもと同じ時間になっちゃった」
苦笑いを浮かべるわたしに、穏やかに微笑み返してくれる。
「学校終わって何してた?」
「本屋で時間潰してた」
「ずっと?」
「まさか…さすがにずっと本屋に居る訳にもいかないから、本を買ってカフェで読書してた」
「うん」
「そしたらこんな時間になって」
「うん」
「少し時間潰す筈が、いつもと変わらない時間になっちゃった」
荷物を脇へ置きながら「暇だった?」と聞いたわたしに「うん、少しね」と、彼は穏やかに微笑む。
「明日は時間潰さなくても大丈夫だよ」
「え?どうして?」
「下まで迎えに行くよ」
どうゆう意味か分からず黙り込むわたしに、「明日はロビーまで迎えに行くから、学校終わったらそのまま来て」と、明確に教えてくれた。
「大丈夫なの?」
動いても良いのかと、彼の体の心配をしたわたしの思いが、どう伝わったのかは分からない。
「大丈夫だから。あいつらの為に彩ちゃんが時間を潰す必要はない」
「あいつら?」
「エレベーターで遭遇したってゆう…」
彼は一昨日の出来事を心配してくれているんだとわかった。
エレベーターに集団で乗って来た男達に奥へと追いやられ、わたしがエレベーターを降り損ねた事を話したから、こうして心配してくれている。
「でも、わざわざ四季くんが下まで来なくても…わたしが時間をずらせば良いし」
「そう言うと思った…」
彼は呆れた様子で溜め息を吐くと、わたしに視線を向けた。
「彩ちゃんが来ないと暇だから…余所で時間潰すぐらいならここに居てほしい」
「…うん」
そこまで言うならそうしようかと、わたしは彼の言葉に頷いた。
「受付の前にあるソファーに座って待ってるから」
「はい」
正面入り口のすぐ右側にあるその場所が、脳裏を過ぎる。
「わたしが気づかなかったら、声をかけてね」
「うん」
「よくボーっとしてるって言われるから」
そう自分で言いながら、誰に言われたんだったかと考えても思い出せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます