わたしの考えなんて誰にも分からない
1
二学期が始まり、秋と言われる季節に移り変わったとゆうのに、
間違いなくわたしもその内の一人で、自動ドアが開いたのと同時に中へ足を踏み入れると、冷んやりとした空気に包まれ、心底ホッとした。
受付を通り過ぎてエレベーターへと乗り、5階のボタンを押す。
奥の壁を背に立ち、エレベーターの扉が閉まると、目的の階に近づく数字を見つめながら、手に持っていた小さな花束をギュッと握り締めた。
明日はどんな花にしようかと、花屋に並ぶたくさんの花を思い浮かべている内に、目的地の5階に到着した。
エレベーターのドアがゆっくりと開かれる。
それと同時に踏み出そうとした足が―…
「しかし安心したな」
…―止まってしまった。
「ったく、ほんとだよ…捕まるかもって聞いた時は焦ったっつうの」
開かれたドアの向こうから、1人、2人、3人…と、次々になだれ込んで来る男達。
「でも当分警察の目も厳しいよな…」
「だろうな。大人しくしとこうや」
「あいつイライラし過ぎじゃね?松葉杖にガチでキレんだから…」
あれやこれやと言う間に、ドアの前に居たわたしは奥に押し戻され、気づけば背中に壁が当たっていた。
「まぁ元気な証拠だろ。えっと、1階だっけ?」
「帰るんだから1階に決まってんだろうが」
そして無情にも閉まって行くドア。
「あのっ…」
「明日もこの時間までだよな?」
「あぁ、見舞いに来るんなら時間厳守じゃねぇとダメだって」
「そりゃしかたねぇよ」
わたしの声は虚しくかき消される。
「俺らと遭遇したらまずいもんな」
「てゆうか俺らと居るとこに遭遇したらまずいんだろ」
「まぁとりあえず、明日もこの時間までにな」
1階に着いたと同時に次々と乗り込んで来た男達が一斉に降りて行き、一気に静まり返ったエレベーターの中で、大きく息を吸い込む。
再び目的地に向けて階数ボタンを押し、今度こそ5階で降りれると思ったら大きな溜め息が漏れた。
閉まるエレベーターのドアを見つめながら、明日は間違ってもこの時間には来ないでおこうと心に決めた。
エレベーターを降りて真っ直ぐ足を進めると、静まり返った空間に詰め所が見えてくる。
そこに居る看護師の一人と目が合って、軽く会釈をして通り過ぎると、“506”と記された病室の前で足を止めた。
閉められたドアの横、壁に付けられたネームプレートに、「
「…はい?」
病室の中から聞こえた返事。
聞き慣れた穏やかな声が、今日はどこか落ち着きが無いように聞こえる。
「こんにちは」
静かにドアを開けると、カーテンに仕切られた向こうから「え…?」っと、姿は見えないけど困惑の声が聞こえた。
そーっとカーテンから覗くと、包帯を額に巻き付け、まだ少し顔に傷を残した顔が見える。
カーテンを開けて「こんにちは」と笑みを浮かべた。
「
ベットに寄りかかっていたその顔が、驚きに満ち溢れていた。
そのあまりにも驚いた様子に、どうしたのかと…いつもと違うように感じるその態度に、曖昧に笑ってみせる。
「いや…、いつもより来るの早いね?」
逆にぎこちない笑みを返されてしまった。
どうやら彼のいつもと違う態度は、わたしのいつもと違う行動の所為らしい。
「今日から試験で、学校早く終わったから」
「…それは知らなかった」
その戸惑う態度に、早く来てはいけなかったのかと不安が過ぎる。
「あ、いつも可愛い花をありがとう」
だけど彼の声が、いつもと同じ穏やかさを含んでいたから安心した。
「そういえばね、」
花を飾りながらふと言葉を落としたわたしに、彼は言葉無く穏やかに微笑んでくれる。
「さっきね、ここに来るまでにエレベーターで2回往復しちゃった」
「どうして?」
「降りようと思ったら、男性の集団に乗り込まれてしまって」
さっきの出来事を思い出して笑ったわたしに、彼も「そうなんだ」と笑ってくれた。
「その人達、明日もこの時間までに来るって話てたから、明日はこの時間を避けて来ようと思うの」
エレベーターの中で思った事を口に出すと、可笑しくて笑みが零れた。
「…それって」
丁度椅子に腰掛けた時、不意に彼が見つめてくるから、瞬きが増えてしまった。
「どんな人だった?」
「どんなって?」
「見た目は?雰囲気とか」
「え?」
「何人居た?」
「どうして…?」
「え?」
穏やかな表情から一変、焦ったように言葉を発する彼が不思議でしょうがない。
「どうしていきなりそんな事聞くの?」
だからごく自然に浮かんだ疑問を、彼に問いかけた。
「この階で集団で歩いてる人なんて見た事ないから」
ベットの上に居る彼は、またいつもの穏やかな表情を浮かべている。
「確かにそうだね。わたしも初めて遭遇して
「うん」
「見た目は若そうだったよ。って言っても、わたしよりは年上だと思うけど」
「そうなんだ」
「学生でもないし社会人って感じでもなかった」
「…どうして?」
エレベーターに乗り込んで来たあの人達を思い浮かべる。
「だって、学生がこんな時間にここに居ないでしょ?」
「それは分からないよ」
「…どうして?」
「学生だからって必ずしも昼間に通学してるとは限らないし、社会人でも職種によっては昼間空いている時間があるかもしれない」
明らかに正論をかます物言いに、彼を横目で睨みつける。
「いや、ごめん…」
フワッと笑みを浮かべた彼に、わたしの胸が小さく高鳴った。
「それより彩ちゃん、試験はいつまで?」
また彼が穏やかに笑うから、わたしの思考は素直に彼の言葉に順応した。
「金曜日まで。今日が月曜日だから……あと4日だね」
指折り数えながら答えると、
「そっか」
彼はとても優しく頷いてくれた。
「今日の試験はどうだった?」
「うん、何とか出来たと思う」
「凄いな。高校2年のテストって難しいんじゃない?」
「そんな事ないよ?」
「そう思ってんのは彩ちゃんだけだろ」
「四季くんはテスト苦手?」
「苦手ってゆうより、嫌いだな」
「…何か意外だね。四季くんって何でも出来そうなのに」
その言葉には、彼は曖昧に微笑んだ。
「彩ちゃんは好き?」
「好きとか嫌いとかじゃないかも。やらないといけないもの?テストってゆうのは日頃の学習量を試される時かなと思ってて…自信を持って望めるように準備はしてるよ」
そう言えば、担任の授業はあまり好きじゃないな…と、この時授業中の光景が頭に浮かんだ。
「彩ちゃん」
“なに?”
わたしがそう答える前に、
「もうそろそろ帰った方が良いよ」
彼が言葉を発した。
「もうそんな時間?」
言われてみて時計へ目をやると、まだ面会時間には余裕がある。
「最近暗くなるの早いから。もう帰った方が良い」
カーテンの開かれた窓を見つめた彼に、「そうだね」と、暗くなった空の色を見て呟いた。
「明日も来ます」
「ありがとう。気をつけてね」
バイバイと手を振るわたしに、彼は穏やかに微笑んで手を振り返してくれた。
病室を出て詰め所の前に差し掛かると、来る時にも居た看護師さんに「ありがとうございました」と伝えたら、「上村さん寂しがりますね」と、見当違いな言葉を返されてしまった。
わたしに帰るように促したのは彼なのに―…
おかしな事を言うものだと、その看護師に頭を下げてそのままエレベーターへ向かった。
1階から上がってくるエレベーターを待ちながら、明日は何時にここへ来ようかと思い悩む。
“チン”と鳴り響いた音と同時にドアが開き、明日はいつも通り夕方に来ようと決めた。
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