第26話

「水着着てっていい?」と言えば、ユウマくんはすぐに笑って「おう。じゃあ外で待ってるから」と言ってすぐに居間から出て行った。


ユウマくんが玄関を出ていく音が聞こえたのをしっかり確認してから、私は急いで立ち上がり自分の部屋の隅にある三日前に届いた荷物の中から水着を引っ張り出した。



荷造りをしている時は、まさか今年のうちでまたこの水着を着る日が来るなんて思いもしなかった。


一応着替える前にトイレに行ってから水着を着て、その上からまた服を着て、タオルや下着類などを少し大きな手提げバッグに詰め込んだ私は直前でおばあちゃんへの書き置きを残してから家を飛び出した。



“ユウマくん達とまた海に行ってきます!!! ハルナ”



無駄に多い“!”は、きっと私の昂った気持ちがそのまま表れたものだと思う。



外に出ればユウマくんは玄関のすぐ真横にいて、この家にもたれかかるように背中をつけていた。


「おまたせ!」


「全然。タオルとか持った?」


「持った!」


「パンツは?」


「バッチリ!」


「よし、じゃあ行くか」


「うん!」



前と同じように荷台に私を乗せたユウマくんの自転車は、今日もコンビニを曲がったところから防潮堤へとたどり着いた。


「前より自転車少ないね」


「まぁ特別約束してるわけでもないしな」


「そうなの?」


「おう。適当に、その日暇な奴らが集まって遊んでるってだけだよ。俺だって今誰が来てるのか、全員を把握してるわけじゃないし」


「へぇ…なんかいいね、それ。自由な感じで」


「ハルも好きな時に来たらいいよ。俺がいなくても誰も何も言わないし」


「うん!」


ユウマくんと堤防の階段を登っている時にはまたしても潮の匂いが私の元へと届いてきた。


だから私は「潮の匂いがするね」と言ったけれど、ユウマくんは「え?そう?」と言ってあまりピンと来てはいなかった。


どうやらこの匂いは慣れてしまえば何も感じなくなってしまうらしい。


だったらこのキラキラと光る海や砂浜にだってきっといつか何も思わなくなる。


その時を想像して私が一番に思ったのは、“寂しい”ではなく“楽しみ”だった。


だってきっとその頃には、私にとってのこの街の世界はもっと大きく広がっているはずだから。



男友達や先輩も楽しいけれどやっぱり同級生の女友達だってもちろん欲しいし、いつか誰かを好きになったり好きになってもらえたりする日が来るかもしれない。



それは絶対に楽しいことばかりじゃないはずなのに、今は楽しいことしか想像できない。


我ながら都合がいいとも思うけれど、やっぱり今の私はどんなことでも楽しみだと思えてならなかった。

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