第5話

こちらに来た勢いのままに玄関の引き戸が開けられると、私の不安をよそにそこにいる女性はお父さんによく似た顔でにこやかに笑っていた。


「ハルナねっ?」


「あ、はいっ」


「うわぁ…よく来たねぇ…!」


嬉しそうにそう言いながらこちらに伸ばした両手で私の肩を強めに摩るその人に、私はまだもちろん鮮明に覚えているお父さんのことを一気に思い出した。



お父さんもこんな触り方だった。


その摩り方には感情の全てが乗せられているみたいに力強くて、でも優しくて、その手はこんな風に温かかった。



不安を一瞬でかき消したおばあちゃんのその様子に、私の緊張の糸はプツリと切れた。



「辛かったねぇ。怖かったねぇ」


そう言ってひたすら肩を摩る手のスピードを緩められたことで、すでに私の目に溢れんばかりに溜まっていた涙は一気に決壊した。



それから私は、初対面のおばあちゃんに慰められながら玄関でひたすら泣いた。


お通夜でもお葬式でも泣かなかった私にとって、お父さんとお母さんが死んでから泣いたのはこれが初めてのことだった。







ようやく落ち着いた私が通されたのは、玄関を上がって左手にある居間のようなところだった。


その部屋に入ってすぐ右手には、決して丈は長くない暖簾で仕切られたスペースがあった。


おばあちゃんは「お茶入れるね」と言ってそちらへ入って行ったから、おそらくその暖簾の向こうはキッチンだろう。


「さっきはごめんなさい。いきなり泣いちゃったりして」


「えー?子どもが気なんか遣うんじゃないよぉ」


それからすぐ、おばあちゃんはお茶の入った小さなグラス片手にこちらへ戻ってきた。


「むしろ安心したよ。あの子が気にしてたから」


そう言いながらおばあちゃんが私の前にグラスを置けば、その拍子に中の氷がカランと小さな音を立てて揺れた。


「“あの子”?」


「ハルナのお父さんの弟」


「あぁ、叔父さん…」


「火葬中も終わった後もずっと“大丈夫です”って気丈に振る舞ってるから逆に心配だって言ってたよ」


「…そっか…」


叔父さんは本当に良い人らしい。


でも私があの場でわんわん泣いたら泣いたで、きっといろんな人に好き放題言われていたとも思うんだけど。

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