第83話

「…はぁ…だせぇとこ見られたな…」


彼はそう言いながら、自分の手首に繋がれた点滴が落ちるのを見上げていた。



「今日みたいなの、よくあるの…?」


「…あるよ」


潔くそれを認めた彼に、私はまた胸が苦しくなった。



何も知らなかった…



「今日はマジで焦った。…ナースコール落ちた時は死ぬかと思ったよ」


「……」


「…ありがとな、ハル」




どうしてみんな私にお礼を言うんだろう。



私の胸はこんなにも重くて苦しくて、


今にもまた泣き出してしまいそうだというのに。



「あとさっきはごめんな、突き飛ばして」


「っ、」


「痛かった?」



口を開けば込み上げる涙を抑え切れなくなりそうで、私は何も言わずに首を振った。


でも、実際の私は口を開くかどうかなんて全く関係なかったみたいだ。



「ははっ…お前なに泣いてんだよ」


「っ、…ごめんっ…」



涙で歪んだ視界の中で、ベッドの彼は小さく笑いながらゆらゆらと揺れていた。




「…いいよ…好きなだけ泣きな?」





無責任で弱い私は、それから遠慮もなく誰よりも辛く苦しい思いをしているはずの彼の前でたくさんの涙を流した。



そして思った。



もしも今私の目の前にボタンがあって、それが何の関係もない誰かが彼の代わりにその病気の全てを背負い込んでくれるのだとしたら、私はその人が泣いて嫌がってもきっとそのボタンを押してしまうだろう、と。


彼はきっと押さないだろうから、私がその役を買って出たい。



でもそれがあくまでも“もしも”の話でしかないことは考えなくても分かることで、この現実がそんな希望なんて一瞬で呆気なく打ち砕いてしまうから余計涙が止まらなかった。




「…ハル、ごめん…好きなだけ泣いていいって言ったけど…今は時間がなさすぎるから…」


遠慮がちにそう言った彼に、私は「えっ…?」と言いながら涙でびしょびしょになった顔をそのままにそちらを見た。


彼の言う“時間がない”の意味が、なんだか私には早見さんに許された十五分のことだけではないような気がした。




「一生のお願いがある」


「……」


「…こっち、来て?」


そう言って力なくゆっくりと私に左手を伸ばした彼に、私はすぐにそちらに数歩踏み出した。

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