第82話

「…顔見に行ってもいいですかっ…?」


「うん…でも面会時間はとっくに過ぎてるから…」


早見さんはそう言いながら左腕につけていた腕時計を見て、「十五分だけ。今日は特別だよ」と言ってくれた。








彼の部屋に戻って出来るだけ音を立てないようにドアを開けて中に入ると、枕元の電気が付いているだけで部屋全体はほとんど暗かった。



私が来る昼間はいつもしっかり開けられているカーテンも、早見さんがしたのか今はしっかりと閉められていた。




暗いな…


暗くてものすごく静かだ…



これが昼間でも私と彼が黙れば今とその静けさは変わらないはずなのに、夜だというだけでその静けさは私の感じたことのないようなものに思えてならなかった。



彼はいつもこんなところで寝ているんだ…




ベッドで仰向けに横になる彼は、もちろんもう震えてなんていなくて静かに目を閉じていた。




部屋に入ったはいいものの、入り口からベッドまでのその途中にある洗面台の真横で立ちすくむ私に、





「———…ハル?」





彼の小さな声が聞こえてベッドの方を見れば、仰向けになっていた彼がそのまま少し目を開けてこちらを見ていた。



彼に名前を呼ばれるのも、とても久しぶりだった。




「っ、ごめんっ、起こしたっ…!?」


「いや…普通に目が覚めただけ…」



彼は私にそう言いながら、自分の周りをチラチラと確認するように首を左右に振っていた。



「っ、ナースコールっ…!?」


思わずそばまで駆け寄ってそう聞いた私に、彼はまたこちらに顔を向けてフッと優しく笑った。



「いや…これ欲しかっただけ」


そう言って彼が右手で持ち上げたのは、ベッドの背もたれを上げるためのリモコンだった。



「あ、そっちか…」



それから聞こえた電子音と共に、背もたれが上がって彼はベッドに座るような体勢となった。


「寝ててもいいよ…?」


「いいよ、もう目も覚めたし。それにこの時間に一人じゃないとか新鮮でちょっとワクワクしてるよ、俺」


「…早見さんに十五分だけだよって言われた」


「そっか…そりゃそうだよな。時間は無限じゃないもんな」


「……」


「……」




お互いが残された時間を惜しむような空気が流れているにもかかわらず、私たちはお互いに黙ってしまった。

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