第81話
廊下で、私はドアの前に立ったまま動けなかった。
怖くて怖くて、私の手は驚くほど震えていた。
それから無性に消えたくなった。
当たり前だけど、何もできなかったことが悲しくて悔しくてたまらない。
彼が私を突き飛ばしたのは、きっと喋るのも辛かったからだろう。
それからどれくらい経ったかは分からないけれど、気付けば私のいる病院の廊下は薄暗くなっていた。
きっと面会時間なんてとっくに過ぎたと思う。
———…ガラガラガラッ!
突然勢いよく開いたドアから出てきたのは、男の先生だけだった。
「っ、あのっ、」
「もう大丈夫だよ」
先生はそう言うと、すぐに私の前から立ち去った。
私はその先生のことをあまり知らなかったから、それ以上は引き止められなかった。
中に入ってもいいのかと少し迷ったけれど、私の足は動かなかった。
それにまだ早見さんも出てきてない…
そのあと何度か看護師の人に声をかけられたけれど、私には何も入ってこなかった。
———…ガラガラ…
今度はゆっくりドアが開いて、そこから早見さんが出てきた。
「っ、早見さんっ…!」
「ハルちゃん…まだいたんだね」
「あのっ、シュンはっ、」
「うん、もう大丈夫だよ。シュンくん、今は寝てる」
そう言って優しく笑った早見さんに、私は涙が止まらなくなって嗚咽を零しながら泣いた。
早見さんは「びっくりしたよね」とか「怖かったね」と言いながら優しく私の肩をさすってくれて、「こっちにおいで」と近くの自動販売機の横のソファーまで誘導してくれた。
「ハルちゃん、シュンくんの体のどこが悪いのかは知ってるよね?」
「シュンのお母さんから昔膵臓って聞きました…」
「うん。そのせいでね、たまにものすごく背中が痛くなることがあるの」
「っ、」
背中———…
「ナースコール…シュンくん、今日は自分で押す余裕もなかったんだね」
「…落ちてたんです」
私がボソリとそう呟けば、早見さんは私の顔を覗き込むように少し体を屈めて「うん?」と言った。
「ノックしても全然返事が返ってこなくて、それで私が部屋に入ったらシュンはあの状態で、ナースコールはベッドから床に落ちてました…」
「そっか…ならハルちゃんが来てくれて良かった」
俯いていた私は、早見さんのその言葉にバッと顔を上げて大きく首を振った。
「っ、私、ナースコール押した後シュンの背中を強くさすったんですっ!!!痛いのが背中だなんて思わなくてっ、知らなくてっ、…私何やってんだろうっ…!!」
「そんなの知らなくて当たり前だよ。それはシュンくんだってちゃんと分かってる」
「でも私っ、」
「大丈夫。ハルちゃん、落ち着いて。自分を責めちゃだめ。夜ご飯までも時間はまだかなりあったし、今日あのタイミングでハルちゃんが来なかったらあのままシュンくんはずっと苦しんでたかもしれない」
「っ、」
「ハルちゃん、ありがとね」
お礼を言われる権利が自分にあるとは到底思えなくて、悲しくて悔しくて、それからやっぱりものすごく怖くて、私はしばらく嗚咽を漏らしながら泣いていた。
仕事の途中のはずなのに、早見さんはずっと私に寄り添って私の肩を優しくさすってくれていた。
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