第80話

———…ガラガラガラッ


「おーい、病人だからってこんな時間に寝たら夜寝れなくな———…」




部屋に入った私は、目に飛び込んできた光景に思わずハッとした。



そこには彼がいた。


でも、彼はこちらに背を向けるようにベッドの左の柵に掴まってガタガタと震えていた。



「っ、シュンっ…!!!」



彼の名前を呼ぶのは久しぶりだった。


好きだと意識した時からなんだか恥ずかしくて、私はいつも“あんた”とか“そっち”とかの言葉を選んで使っていたから。



ベッドの彼がいる側に回れば、彼の柵に掴まる手にはものすごく力が入っていてそのせいで皮膚は白くなっていた。



「ナースコールっ———……っ!!!」



私が枕元の周りを見渡しても見つからなかったそれは、彼が今まさに柵に掴まり身を乗り出すように向いている床に落ちていた。



私はすぐにそれを取って何度もボタンを押した。



『———…どうしました?』


その人の声は私も聞き覚えのある声だった。



「あのっ、シュンがっ、…シュンが震えてますっ…!!!どこか痛いのかもしれない!!!」


『うん、わかった。ハルちゃん、落ち着いて、すぐ行くから大丈夫だからね!』


焦る私のためなのか、その看護師さんは落ち着いた声でそう言うとすぐにそのナースコールは切られた。



「シュンっ、聞こえた!?今のたぶん早見さんだったよね!?すぐ来てくれるからね!」



シュンは私の言葉に何も言わなかったけれど、依然柵に掴まるその手はガタガタと震えていた。


顔はずっと床に向いたままだったから、その表情までは私には分からなかった。




「シュンっ、もうちょっとだから、どこか痛いの!?大丈夫っ!?」


私が半泣きになりながらその背中を左手で強くさすると、それが二往復したあたりで彼は床の方を向いたまま勢いよく右手で私の体を押しのけた。



———…ガタッ!!



「っ、」



あまりに突然の強い力に、私は思わず真後ろにあった棚に背中をぶつけた。


その直後も、彼はやっぱり柵に掴まり床を覗き込むようにベッドから身を乗り出したままガタガタと震えていた。



「っ、シュ」


———…ガラガラガラッ!!!



勢いよく開いたこの部屋のドアに私が思わずそちらに顔を向けると、男の先生とその後ろには私の予想通り看護師の早見さんという人が急いでこちらにやってきた。



それからのことは、正直あんまり覚えていない。



ただ何となく分かったのは先生がシュンの名前を呼びながら何か言っていたのと、私は早見さんに部屋から優しく出されてしまったということくらいだ。

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