第79話

「高校、決めた?」



彼はなぜか私の進路希望を知りたがっていた。



「…まぁ一応は」


「どこ?」


「第一はとりあえず西校で進路希望出した」


「西校…って、共学だっけ」


「うん」


「…そっか」


彼はそう言って、窓の向こうへ顔を向けた。



「あれ?」


「…え?」


「“お前に行けんのかよ”とか言われると思ったのに」


「……」



私はずっと笑っているのに、彼はずっと珍しく真面目な顔で私を見つめていた。



「そこに行きたいんだろ、お前」


「え?まぁ…」


「なら行けばいいよ。たぶん楽しいぞ、高校って」


「……」



次いつここを出られるかも分からない彼にとって、高校なんてものはきっと未知の世界だろう。



「てか将来の夢とかあんの?」


気付けば彼はいつも通りの彼に戻っていた。



「将来?えー…普通にお嫁さん」


「女子あるあるだな。でもなんかそれって他力本願じゃねぇ?」


「え?なんで?」


「幸せにしてくれって他人に自分の人生丸投げしてる感じ?」


「違うよ、一緒に幸せになろうねって言ってんだよ」


「お前が?誰にだよ」


「ふふっ、誰にだろう」




…良かった、


誰のお嫁さんになりたいんだよって聞かれなくて。



聞かれていたってきっと私は適当にまた嘘をついて誤魔化していたとは思うけどさ。














夏休み直前、私はその日もいつものように彼のいる総合病院の五階のあの部屋を目指した。




———…コンコンッ



「……」



……ん?



いつものようにノックしたのに、彼からの返事はなかった。


聞こえなかったのかな?



———…コンコンッ!



さっきよりも気持ち強めにそのドアをまたノックしてみたけれど、やっぱり中から彼の声は聞こえなかった。



病院に入ってここまで来るまでに、私はいつものように数人の顔馴染みである看護師の人に声をかけられた。


みんな普通だった。


だから彼だっていつものようにそこにいるはずだ。



寝てるのかな…



返事がないのに部屋に入るのは多少抵抗はあったけれど、ここまで来て帰るという選択肢もない私はすぐにそのドアを引いた。

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