第78話

倒れる彼の周りに群がる生徒たちは、心配そうにしつつもどこか浮き足立っているようにも見えて私にはとにかくそれが不快だった。



こんな非日常をなにちゃっかり楽しもうとしてんだよ…って。


それからそばに駆け寄った先生にもムカついた。


先生は大人の男性であるにもかかわらず、彼の真横で彼の肩を叩きながらひたすら名前を呼ぶだけだったから。



コイツまでもが役立たず…




…でも、その場にいた一番の役立たずはきっとこの私だ。


そばに駆け寄ることすらもできずに動けなかったんだから。



今思えば、あの先生が何もしなかったのは意識のない彼を下手に動かすべきじゃないと判断したからだったんだと思う。



それからすぐに救急車が来て、彼はストレッチャーで運ばれて行った。




その夜、私はお母さんから彼は少し前から総合病院に通院していることを聞いた。


詳しいことは教えてくれなかった。


というよりお母さんもそこまで詳しいことは知らなかったんだと思う。

















「———…これ、また返却頼んだわ」


そう言って彼が私がこの前持ってきた本を紙袋に入れて渡してきたのは、まだ期限の一週間にも満たない日のことだった。



「えっ、もう読んだの!?」


「おう。どれも面白かった。お前俺の好み分かってんなー」


「現実味が全くないやつが好きなんでしょ?」


「そうそう」



かなり前だけれど、本人にその理由を聞いたことがある。


「自分とは無縁のものだから」と言っていた。



冒険とか戦いとか異世界に転生してみたりとか…


そんなものは彼だけではなく私はもちろん誰にとっても無縁のものだけれど、その言葉の意味は他の人の“無縁”とはちょっと違う気がした。



ちなみに異世界に転生する彼を想像すると、ちょっと笑えた。




「…あれ?あの本は?」


「あー…あれはまだ読み切れてないから…あれだけはもうちょい待って」


「うん、わかった」



私の言った“あの本”とは、私が隣町まで探しに行った図書館に返却なんてする必要のない彼の好きな作家のあの本のことだった。


あの本だけは図書館の本ではないけれど、それでも“図書館で借りてきた”という設定を忘れなかった私はなかなか偉いと思う。




でも覚えていたのはその時だけで、それ以来嘘である返却日を過ぎても私があの本の存在をまた思い出すことはなかった。


彼も彼ですっかり忘れていたのか、あの本を私に返してくることはなかった。



でもあれは間違いなく図書館の本ではないのだから、私があの本の存在を忘れていることや彼がずっとそれを持っていることには何の問題もなかった。

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