第77話
「じゃあ今日はそろそろ帰るね。本を届けにきただけだったし」
「おう、ありがとな」
「また明後日来るね」
「あぁ」
この部屋の電気は乳白色で、
夕日が完全に沈んでしまえばこの部屋はオレンジからいつのまにか人工的な白い空間となる。
いつからかそれが、私が帰る合図となった。
日が沈んでから彼と別れるのは、なんだかそれ以外よりも妙な寂しさがある。
そんな厄介な合図ができてしまったのはもういつからかも覚えていないけれど、きっかけはちゃんと覚えている。
彼のいるこの総合病院の面会時間が終わるのはとても早くて、大体それくらいにタイムリミットが来るからという、そんなひどく曖昧なものだった。
真夏なら日が沈む前にタイムリミットの時間が来るからその妙な寂しさを感じずに済むけれど、夏直前の今はちょうどそれを感じながらこの部屋を出なければならない。
それなら沈む前に帰ればいいと言われそうだけれど、その選択肢は私の中にはない。
一秒でも長くここにいたかった。
軽い口調で彼と別れの言葉を交わした私の部屋を出るまでの足取りは、いつも鉛でも引きずっているのかと思うくらいに重い。
彼はいつも私が部屋を出てドアを閉めるまでこちらを見つめるから余計だ。
これが最後なんかじゃないよね?
ちゃんと私達に“明後日”はあるよね?
誰に向けているのかも分からない確認が頭の中で何度も何度も繰り返される。
彼に想いを伝えたことはない。
物心がついた時から彼はきっとそれどころではなかったはずだから。
私が彼の病気を知ったのは小学五年生の時で、
体育の時に体育館でドッチボールをしている時だった。
「きゃあっ…!!!」
そんなドキッとする悲鳴が聞こえてそちらに顔を向ければ、その声の主であるらしい女子の目の前には彼がいた。
彼が、倒れていた。
あの時のドクン!と心臓が跳ねる嫌な感じは今でもしっかり覚えている。
「えっ…」
みんなが彼に群がる中、私は少し離れたその場から動けなかった。
先生は慌てたように彼の名前を呼びながらそばに駆け寄っていた。
夏じゃないから熱中症とかではないよねと、私はなぜかそんなことを冷静に考えていた。
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