第75話

「これと、これと、これと…」



次々に分厚い本を通学鞄から取り出す私に、彼はその本を見つめながら嬉しそうに口元を緩ませていた。



「…あとこれ!」


そう言って最後に取り出した本をこれまでに取り出した本の一番上に積み上げると、それらはまぁまぁな高さになった。



「今回もすげぇ量を借りてきたな」


「前にも言ったけど貸出は最大で一週間なんだけど…読み切れるよね?」


「余裕」



彼は目の前に積み上げられた本を見つめながらそう言うと、「あっ!」と言って一番上の本を手に取ってパラパラとめくった。



「これ…!」


「うん!新作!すごいよね、学校の図書館なのにもうこんな有名な小説家の新作が出てるなんて!」


「マジか!!母さんが発売日に本屋に行っても売り切れで買えなかったって言ってたのに!」


「そうなの!?じゃあラッキーだ!」


「やばっ、今日一テンション上がったわ!」



…バカだなぁ。



店頭にもないような、そんな大人気の最新の小説が中学校の図書館になんてあるわけないじゃん。



「そこは私が来たことの次にって言えよー」


「ははっ、おう!」


彼はそう言いつつもやっぱり手元にある欲しくてたまらなかったその本にずっと夢中で、


でも私にはそんな彼の喜ぶ姿が嬉しくてたまらなかった。




これなら隣町の本屋を何軒も回ってまで買った甲斐がある。



探し回ってやっと買ったなんて言って彼に気を遣わせないために、私はその本の帯のところにわざわざ図書館の本にあるようなシールを貼るという小細工までして今日持ってきた。



彼は中学校は数える程度しか行ったことがないから、きっとそれらしい感じにしていればそれを図書館の本だと信じて疑わないだろう。



「…あれ、なんか挟まってるぞ」


「え?」


彼がその本の最後のページから引き抜いたのは、今日学校で配られた進路希望調査の紙だった。



「“進路希望調査”…?」


「あー、そうそう。それ今週中に書いて提出しろって担任が言ってたんだった!本に挟まってたとか危なっ!」


「へぇ…大変だな…」


彼は独り言のように呟くと私にその紙を差し出した。



「まぁ来年は受験生ですからねー」


「お前行く高校決めたの?」


「うーん…まぁこの辺ならどこでもいいかなって思ってるけど」


「隣町の方行けよ」


「へっ?なんで?」


「あっちの方が栄えてるから、その方が遊んで帰れるじゃん」


「あー…でもそうすると遠くなるし」


「そんなに地元が好きなのかよ」






…違うよ。



私の言う“遠くなる”は、地元からって意味じゃなくてこの病院からって意味だよ。

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