第74話

———…ガラガラガラッ



少し重い引き戸を開けて中に入れば、この部屋のドアは便利な造りらしく私の手から離れるとわざわざこちらから閉めるまでもなく私の背後で自動的にトンッと閉まった。


それから部屋の奥へ目をやると、正面の大きな窓に沿うようにして左に置かれたベッドに彼はいつものように座っていた。



「よっ!!」


私がそう言って右手を上げると、彼はまた来たのかよみたいな顔をしつつもどこか嬉しそうに笑った。


「おう」


「元気か?病人!」


「その言葉の並びはおかしいだろ」


「あ、そっか!元気ならこんなところになんかいないっつうの。ねぇ?」


私がそう言いながら彼の座るベッドの横に行くと、彼は開いていた本を閉じて横に置いた。



「また本読んでたんだ?」


「暇だからな」


「何か欲しい本があればいつでも言ってね」


「あー…でも母さんに頼めるし」


「そこを私に頼めって言ってんのよ。おばさんだって忙しいんだよ?」


「そっか…それもそうだな」




彼は私の幼馴染だ。



気付いた時には近くにいて、


気付いた時には好きになっていて、



そして気付いた時には彼は病人だった。




「今日も点滴が痛々しいな」


「別に痛くはねぇよ。ここに点滴が落ちてくる管をつけるだけだし」



そう言って彼は右手首に刺しっぱなしにしてある少し太めの針を指差した。


「でもその針を刺すのは痛かったでしょ?」


「慣れたから何とも」



詳しいことはよく分からないけれど、彼は膵臓が悪いらしい。


治る見込みがあるかどうかとか今どの程度それが進行しているのかとか、そういうことは私は全く分からない。




彼のお母さんにこそっと聞いたことがあったのだけれど、「ハルちゃんは気にしなくていいんだよ」と言われた。


あれは確か小六の時だったけど…


十二歳でもちゃんとその意味は分かった。



それは心配はいらないと言うよりも、


知らない方がいいという意味なのだと。



でもあれから二年ほどが経った今も彼はしっかりと生きているから、私はどこかでは“なんだかんだ大丈夫なんじゃないか”と思っている部分もある。





でも全力でそう思えるわけじゃないのは、


彼はもうかれこれ半年は退院していないからだ。



前は数ヶ月に一回は退院の許可が出て家に帰ったり、学校に来る日もあった。



でももう最近はめっきりない。



退院の予定の話は彼からも聞かないし、私からはもちろん聞けるわけもない。



誰よりも家に帰りたいとか学校に行きたいと思っているのは彼本人のはずだから。



一時的な退院も許されないなんて、彼の膵臓は今どうなっているんだろう。





「とりあえず図書館で好きそうな本いくつか借りてきたよ!」


「おー、助かる」


彼は本が大好きだ。


それも全く現実味のないファンタジー系。


「それなら漫画にする?」と聞いてみたこともあったのだけれど、「絵があると想像する楽しみがなくなるから」と彼はそれを断った。

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