第73話

この街のほぼ中心に位置する大きな駅から徒歩五分。


周辺のどれよりも大きなその建物の、五階の一番奥の角部屋。



少し広いその部屋は、窓も大きくて夕方になるとオレンジの夕日が部屋全体に差し込んできて柔らかな空間となる。



私がそこに通うのは月曜と水曜と金曜と、土日のどちらか片方。



そしてその月水金は学校終わりのほんの数時間。


できれば毎日でも通いたいところだし、平日よりも長くいられる土日なんて尚更どちらも顔を出したいところだけれど、そうすれば彼は間違いなく私に何か言うだろう。



“俺に気を遣うな”とか、


“部活は?”とか、


“友達と遊べよ”とか。



だから私はこれでもかなり譲歩した上で「部活が早く終わる月水金は暇だから」と言ってそこに通っている。














本当のことを言うと、私は部活になんて入っていない。


友達だって別にいない。


だからって虐められているわけでもないけれど、放課後や土日に遊ぶ友達なんていないと言えば彼は変な心配をしてしまうだろうし、もっと言えば“こんなところに来てるからだ”とかも言いかねない。







今日もいつものように通い慣れた入り口を抜けると、彼の部屋を目指す間に何人かに声をかけられた。


もう私だってここにいる人達にとってはよく知る顔だ。



「ハルちゃん、学校おつかれ」


いろんな人が私にそう言ってきて、その度に私は笑顔で会釈をしながらも足は止めずに五階のあの部屋を目指す。







———…コンコンコンッ



「———…はい」





「…はぁ、」


この瞬間、私はいつも小さく安堵の息を漏らす。



今日も彼は、そこにいる。



私に声をかけてきた人達にいつもと変わった様子は何もなかったし、彼に何かあれば私にもちゃんと連絡が来るようになっているからそんな心配はいるはずもない。




…それでもいつも怖くなる。



ちゃんといるよね?って。


会えるよね?って。



別にいなかったことなんてないんだけどさ。

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