第66話

雨はとても強かったようで、すぐに髪の毛も制服もびしょ濡れになった。



私は今、家に帰っているんだろうか。


こんなびしょ濡れで、鞄も置いてきたから定期もないのにどうやって帰るつもりだろう。






ま、なんでもいっか。





ザーザーと勢いよく雨が降り頻る中、すごく遠くから「ナエちゃん、」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。


少し顔を上げてみたけれど、雨の勢いが強いせいでうまく目を開くことができなかった。




でもそんな薄くボヤけた視界の中で、誰かがこちらに走ってきているのが何となく分かった。




「ユキ…」



私の声はあまりに小さくて、きっと本人に届きはしなかった。




「ナエちゃんっ…!!!何やってんの!!??」


目の前まで走って来たその人は、持っていた傘をすぐに私の真上に持ってきた。


「ユキっ…」


「傘なかったの!?バカじゃん、こんな中帰るとか風邪引くよ!!」


「っ、…」


込み上げてきた涙でうまく言葉が出なくなった私は、思わず少し俯いた。



「あー、もう!!こんな濡れてどうすんだよ!!…え!?てか鞄は!?何で手ぶらなの!?いや、そもそも今もう十八時過ぎてるよ!?何でこんな時間まで学校いんの!?」


「ユキィっ…」


「っ、ちょっ、えっ!?ナエちゃん、もしかして泣い———…」


私はユキの言葉を遮るように、一歩前に足を踏み出してユキの肩に頭を預けた。



「うぅっ…」


「ナエちゃん…泣いてるの…?」


「見たら分かるじゃんかぁっ…」


「いやだって、顔も雨に濡れてるからっ…」




それからしばらくの間大雨の中でユキは何も言わずに傘をさしたまま私に肩を貸してくれて、私は気付けばユキの背中に両腕を回して抱きついていた。


それにもユキは何も言わなかった。



「ごめん、ユキ…これじゃあユキも濡れちゃうね…」


「いいよ、そんなの。…それで言うならこの大雨でここに来るまでにもうすでに濡れてたから」


「…ユキは…?何やってんの?」


「俺は学校に携帯忘れてて取りに来たんだよ」



それから少し間をあけたかと思うと、ユキは優しく「落ち着いた?」と私に聞いた。



「うん…」


「ん…ならこっちおいで」


ユキはそう言って、私の右手を握って傘をさしたまま校舎に向かって歩き始めた。


ここまで濡れていたらもう私が傘に入る意味なんて全くないとは思うのだけれど、ユキはずっと私側に傘を傾けて歩いてくれていた。

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