第65話

「…何で先輩が怒ってるんですか…?」


「は?」


「私だって怒ってますっ…!!」


「いやいや、何で?」


「だって、」


「俺別にお前に付き合おうとか言ったことねぇよな?」






先輩は大人だからとか、



言葉で表現するわけじゃなくこうやって態度で気持ちを表すのかとか、




私は何てバカな勘違いをしていたのだろう。




「なのにお前どの立場で怒ってんの?」


「……」


「何回かヤったくらいで彼女気取りとかうぜぇんだよ」



…それだけじゃないでしょ?


何度も一緒に学校から帰ったりしたじゃん。



そう頭では思ったけれど、きっとそれはセックスよりも弱いと思ったから私はもう口にはしなかった。



その代わり、これだけ言いたい。



「…でも私は何度も何度も好きだと伝えたはずです」


「は?」


「それに応える気がないのに関係を曖昧なまま進めたのは先輩じゃないですかっ…」



私には気持ちを伝えることしかできないと思っていたから、だから私はとにかく何度も伝えた。


自己満だと言われればそれまでかもしれない。


でも、言わないよりは言った方が伝わる想いは大きいはずだ。




———…なのに、




「いやいや…」


先輩なバカにするようにまたフンと鼻で笑ったかと思うと、すぐにその笑いを引っ込めた。





「お前の言う好きって軽すぎなんだよ」


「えっ…?」


「口を開けばそれしか言えねぇのかってくらいに“好き、好き、”って…俺が適当にかわそうとしてんのにお前全然気付かねぇし」


「……」


「そのアピールがうぜぇからちょっと相手してやっただけだろ」







先輩のその言葉を最後に、私にはあまり記憶がない。



気付けばその資料室に私は一人で、先輩も先輩の鞄もそこからはなくなっていた。



そしてまた曖昧な意識のまま、私は自分の教室に置きっぱなしにしていた鞄をそのままに靴箱に行って靴を履き替えることもなく雨の中外へと飛び出した。


…いや、厳密に言えばたぶん飛び出してはいない。


普通に、ゆっくりと外に踏み出したと思う。



なぜか今の私には走り出すような力は残っていなかった。

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