第64話

「あっ…っ、もうっ…誰か来たらどうすんの?」



ドアを閉めていてもはっきりと聞こえたその声は、もはや今そこでしていることを隠す気があるのかどうかすらもよく分からない。



それからすぐに聞こえたのは、私も存分に聞き覚えのある声とセリフだった。





「大丈夫だよ———……ここ、誰も来ないから」





気付いた時には私はその資料室のドアに手をかけて思いっきりそのドアを引いていた。



ガラガラガラッ!!と派手な音がして開いたそのドアの向こうには、立ったまま向かい合って抱き合うショウジ先輩と知らない女がいた。



「きゃあっ…!!!」


そんな悲鳴に近いような声を上げたその女は、はだけた胸元を押さえて勢いよくうずくまった。



「ナエ、……」


「先輩…何、してるの?」



私は先輩の顔にゾッとした。


だって先輩は一瞬驚いた顔はしたもののすぐに面倒くさそうな顔をしたから。


焦りなんてものはかけらも感じられなかった。




少し間をあけたかと思うと、先輩は「はぁっ…」とだるそうに大きなため息を吐いて近くに置いてあった自分のものと思われる鞄からジャージの上着を取り出し、うずくまる女の肩にそれをかけた。



「ごめん…行って、」



女は胸元を押さえながらもその肩にかけられたジャージを掴んですぐに出て行った。


その時私にぶつかったけれど、その女はこちらを見向きもしなかった。




これで、ここには先輩と私だけになった。



交際経験が少ないからよく分からないんだけど、この場合って私は怒っていいんだよね…?


でも何でだろう。


なんだか私が怒るよりも先に先輩の方が怒っている気がする。




「先輩…?」


「…なに」


その声はすごく冷たくて、私の知るショウジ先輩ではなかった。



「何してたんですか…?」


「いや…大体分かるでしょ」


フンと鼻で笑いながらそう言った先輩に、私は胸がギュッと鷲掴みにされたみたいに苦しくなった。




「…あの、」


「言っとくけどお前今完全に俺の邪魔したから」




“お前”———…




それから先輩は「いいとこだったのに」と独り言のように呟いた。


やっぱり怒っているのは私ではなく先輩だ。

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