第63話

「でも俺まだまだ全然ナエちゃんのこと好きだよ?」


「ありがとう、でも私が好きなのはショウジ先輩だから」


「それは分かってるよ。でもそれでも俺はナエちゃんのことが好きだよって言ってんの」


「うん、分かった!」


「本当に分かってんのかな…」





ショウジ先輩と私は、あの日からちょくちょく一緒に帰るようになった。


たまに先輩の家にお邪魔することもあるけれど、駅で普通に別れることもしばしば。


本当はもっと一緒にいたいし毎日一緒に帰りたいという思いはあるのだけれど、今回は中二の時と同じ過ちを侵してはならないと私は私をセーブしていた。



私はその間も何度も「好きです」と伝えた。


ショウジ先輩から返ってくる言葉はやっぱり「ありがとう」だったけれど、伝えることに満足してしまっていた私にはそれだけでもう十分だった。



そんなある日、一緒に帰ろうと言われていたにもかかわらず昼休みに先輩から『今日は一緒に帰れなくなった。ごめんね』というメールが届いた。


なんでも残ってやらなきゃいけないことがあるんだとか。


三年生は忙しそうだ。



この時私は、今の幸せに浮かれすぎてあの過去の経験をすっかり忘れてしまっていた。




終わるまで待とう、先輩なら喜んでくれそうだし。




放課後、私は『待ってるので一緒に帰りたいです』とメールを送った。


でも先輩は忙しくて私のそのメールには気付いていないらしく、いくら待ってみても返信は返ってこなかった。




しばらくして、外は雨が降り始めた。


うわ、傘とか持ってないなー…



でもショウジ先輩なら持ってそう。


二人で一つの傘で帰るのも悪くない。


先輩が傘を持っていなかったとしても、二人で濡れるならそれもそれで楽しい気がするし。





はぁ…にしても遅いな…


外の雨は時間が経つにつれて強くなってきていた。


教室は電気をつけているのに、それでも暗い…




なんだか妙に不安になった私は、鞄もそこに置いたまま先輩の教室へ行こうと自分の教室を飛び出した。














「いない………」




帰っちゃったかな…


きっと私のメールを見ないまますれ違っちゃったんだ…



少し寂しい気はしたけれど、私のメールも急だったし先輩が気付かずに帰るのもまぁ仕方ないかな。



私も帰るか…




ザーッと降り頻る外の雨の音に加えて、この薄暗い廊下は私の先輩に会いたいという気持ちを存分に掻き立てた。


明日は一緒に帰れるといいな。










「———…んっ、」




静かな廊下で微かに聞こえたその声に思わず私が足を止めたのは、きっと頭のどこかでここまで私のメールに気付かないなんておかしいという思いがあったからだと思う。


そして今いる私の場所が、あの資料室の隣だったからだ。




聞き逃してもおかしくはないくらいに小さな声だった。




立ち止まり息を潜め、私はそちらに聞き耳を立てた。

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