第60話

「ナエちゃん…君は本当に素直で可愛いね」


それからユキは、「邪魔者は消えますよ」と言ってすぐに私の前から立ち去った。



でも先輩は空いた私の目の前の席に来てはくれなかった。



別に一緒に食べようなんて言われたわけでも約束をしていたわけでもないから、これはまぁ想定内だし仕方のないことだとも思う。













それからしばらく経って、いよいよ私たちは体育祭当日を迎えた。


友達たちとはしゃぐショウジ先輩はとにかく格好良かった。



それからその日の夕方、三年生の教室で委員会の人間だけの小さな打ち上げがあった。



ショウジ先輩が来るんだから、私だってもちろん参加した。







「…ナエ、おつかれ!」


ジュース片手に端の方にいた私に、ショウジ先輩はすぐに気がついて声をかけてくれた。


「お疲れ様です!」


「優勝はできなかったけどめっちゃ楽しかったね!」


「最後だから優勝してほしかったです」


「まぁ俺もそれは思ったよ。最後だしせっかくだから優勝したいなーって。でもそれ以上に楽しかったからもう心残りはないわ!!」



そう言って笑う先輩に、私はキュンと胸がときめいた。



「好きです、先輩…」



全然言うつもりなんてなかったのに、ついつい思わず口をついて出てしまった。


打ち上げが始まったばかりだというのに今こんなことを言うのはタイミング的によく分からないけれど、体育祭が終われば体育委員の活動なんてもうほとんどない。



きっともう私に残されたチャンスなんて数える程度だろう。



「ありがとう。ナエにそんなこと言われるなんて、嬉しい限りだよ」


「嬉しいだけですか?」


一歩踏み込まなきゃいけないと思った。



「え?」


「嬉しい以上の気持ちはありませんか?」


「……」


私の伝える“好き”はいつでも真剣だし真面目だしこれ以上ないほど気持ちを込めているけれど、ここまでその先の答えをもらえないとなるとそれが伝わっていないのかもしれないという懸念が出てくる。



もう私がその先をはっきりと求めるしかない。



しばらく黙ったショウジ先輩は私が持っていたジュースの入った紙コップをスッと右手で優しく取り上げて、自分のそれと一緒に目の前にあった机に置いた。





「———…抜けよっか」




そう言ったショウジ先輩に、私はものすごくドキッとした。


それから私の手を引いてこっそりその打ち上げをしていた教室を抜けだした先輩は、そのまま私の手を握って薄暗い廊下を歩き始めた。


どこへ行くのだろう。

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