第58話

「ナエちゃんは今日も今日とて可愛いね」


「ありがとう」


「あははっ、素直!好きだなー、俺」



ユキ以上に素直な人なんてそうそういないと思うけどな。



「私のどこが好きなの?」


「素直で可愛くて優しいところ!」


「ユキに特別優しくした覚えはないんだけどな」


「えー、じゃあ無意識?罪な女だなー」


そう言いつつも、ユキは楽しそうに笑っていた。


やっぱり私には、そんなユキが尻尾を振る柴犬に見えた。



「ナエちゃんはいつも優しいじゃん」


「……」



私は本当にユキに優しくした覚えは一度もない。



ユキがこうして私の元へ来るようになったのは約半年前。


廊下ですれ違ったユキが何か落としたから拾ってあげたら、それはユキが必死に貯めているというラーメン屋さんのポイントカードだった。




『ラーメン一杯食べたらスタンプ一個押してくれるんだけど、それ五十個貯めたら一ヶ月ラーメン一日一杯無料なんだ!!マジで拾ってくれてありがとう!!』




見てみたらそのスタンプとやらはあと一つで彼の目標である五十個だった。



そのあとユキはしっかり五十杯目のラーメンを食べて念願の一ヶ月ラーメン無料権を獲得したらしい。



優しくしたとすればまぁあれくらいかな。


でもあれを優しさと取るのはどうかと思うけど。


どちらかと言うと“親切”でしょ?



“優しい”と“親切”って、たぶん近いようで少し違う。


それにユキは気付いていないらしい。





「…お昼ご飯食べないの?」


「うん、うどんを美味しそうに食べてるナエちゃん見てたらお腹いっぱい」


「……ユ」


「ナエ、」



突然名前を呼ばれてそちらに目をやった私は、そこにいた人物に慌てて勢いよく立ち上がった。



「ショウジ先輩っ…!!」


「うどん美味しそうだね」


そんな一見すると色気も何にもないような言葉でも、この人が言えば私には何よりも特別な言葉に思えるから不思議だ。



「美味しいです!」


「じゃあ俺もうどんにしようかな」


「え!?」


「向こうからナエが美味しそうにうどん食べてるの見えたから俺も食べたくなった」



私は一体どんな顔でうどんを食べていたんだろうとか、この人に自分も食べたいと思わせた私はちょっとすごいんじゃないかとか、よく分からない勘違いを交えながら広がる疑問点は一瞬で私の顔を赤くした。



「…あ、そうだ。今日も委員会あるから、よろしくね」


「はいっ、」


ショウジ先輩はそれから私の頭をぽんぽんと優しく撫でて立ち去った。


そんなことが自然にできてしまうなんて、


王子様みたいだ…








ショウジ先輩と出会ったのは二年に進級してすぐだった。


運動なんて全くできない私が体育委員なんてものを引き受けてしまったのがそもそものきっかけだけれど、今となってはそれを押し付けてきたクラスのみんなには感謝している。


そして二学期の今、私は自ら立候補をして体育委員を買って出た。


その理由はもちろんショウジ先輩で、


彼は高校最後の体育祭がよほど楽しみなのか一学期の時から「二学期も体育委員をする」と宣言していて、私はそれをしっかりと聞いていた。




だからこそ今もこうして私はショウジ先輩と接点を持てている。

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