第52話

「…好きなんじゃなかったの」


「好きだったよ…初めは」


“初めは”って…


それがいつまでのことを言っているのかはよく分からないけれど、彼女のその言い方はもう随分前の話のように聞こえた。


「なら何で好きじゃなくなってすぐに別れなかったんだよ」


「…怖かったから…それに私この学校好きだし、辞めなきゃいけなくなるのは嫌だった。それに頼られるのはやっぱり必要とされてるみたいで嬉しかったから」



おいおいおい…マジかよ?



「…もしかしてヒナノが付き合ってた男って川本?」


「…うん」


「それなら辞めんのはヒナノじゃなくて川本でしょ」


彼女は目線を落として、小さく首を振った。


何でだよと思いつつも、そんなところも彼女らしいと思った。



お人好しにもほどがある。



今はもうないけどその時は証拠だってしっかり身体に残ってたんだし、そんなクソ教師は一生教壇に立てねぇようにしてやればよかったのに。


でもそれを言えず自分が学校を辞めなきゃいけなくなると思うということは、彼女がお人好しな上にきっとアイツは彼女に対してしょうもない脅しでもしていたんだろう。




「はぁ……それがなんで別れようになったの」


「失いたくないって思っちゃったから」


「…俺?」


そう言って教壇に両肘をつくようにして俯く彼女を覗き込めば、彼女は少し恥ずかしそうに小さく頷いた。



…え、なにそれ、


なんかもうこれまでの全部チャラにしちゃうくらい可愛いとか思っちゃうんですけど。



「……好きなのは本当…でも、どうにかなりたいなんてそんな欲は言わない…」


「え、今言ったよね?失いたくないって」


「うん、でも望まない。ただ伝えたかった」


「えー、なにそれ。めっちゃ自分勝手だね」



望めよ、バカ。


好きとか言われたんだから、今となってはむしろ俺の方が望んじゃってるわ。


「俺がヒナノのこと好きなの知ってる上で好きだけどただ伝えたかっただけとか言ってそれ以上は求めさせねぇの?」


「っ、」


「なにこれ、そういうプレイ?俺全然マゾじゃないんだけど」



畳みかけるように言葉を並べる俺に、彼女は少し困った顔をしていた。


あー…なんかやべぇな…



その困った顔も、俺にさせられてるんだと思えば可愛いとか思っちまうなー…


ほら、俺やっぱ全然マゾじゃねぇわ。




「だって…」


「うん?」






















「———…だって私先生だし、」

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