第51話

「…今…俺の話してんだよね…?」


「…うん、そう」


そう言ってやっとこちらを振り返った彼女に、俺は何故か今更目を奪われた。


ここには図書室ほどの埃はなく、左側の一面に並ぶ窓から入る光は彼女を引き立てるわけではなく教室全体を明るくしていた。



それなのに、彼女はとても綺麗だった。




「あなたのことが好きです」




綺麗な上にそんな言葉はずるい。



「…そっちこそからかってんの?今日で最後だからって俺のことバカにし」


「そんなんじゃない。本当に好きなの。だから今、こうしてここに呼んだ」


「……」



右手に持っていた証書の筒を、俺は思わず肩から真下に下げた。


なにマジな顔でこっち見てんだよ…



「…暴力彼氏は?」


「別れた」


「嘘だ」


「本当だよ」


「……いつ?」


「半年前」



半年…前って何月だっけ…


だめだ、頭回んねぇ…



具体的にいつぐらいなのかと頭を悩ませる俺に、彼女は「非常階段で話した少しあと」と言葉を続けた。


あぁ、あのあとか…




「見る…?」


そう言って、彼女は俺に向かって両腕を伸ばした。


俺は思わず、右手でまだかろうじて持っていた証書の筒から手を離した。


カランッ!と筒が床にぶつかる軽い音がなると同時に机から腰を上げて教壇に近付いた俺に、彼女はずっと俺を見つめながらひたすら両腕をこちらに伸ばしていた。



俺はすぐに彼女のその伸ばされた両手首を掴んだけれど、彼女はもう以前のように震えたりはしていなかった。



「……」


「…いいよ?見ても」


俺はゆっくり両腕の袖を捲ってしっかり確認した。


現れた白く細い腕はとても綺麗でアザなんてひとつもなかった。





「こっちも見たい?」


彼女がそう言って広げた首元のシャツの襟から見えた彼女の首の根本から鎖骨にかけても、もう何もなかった。


思わず前のめりになってその奥まで見てやりたくなったけれど、彼女の話し方からするときっとその奥にも前の男の跡なんて何もないんだろう。



「ね、ないでしょ?」


そう言って依然首元の襟をこちらに広げる彼女に、俺は少し口元を緩ませながら彼女の首元に両手を伸ばすとそこのボタンを留めた。



「さぁどうだろうね。服全部脱がして全身確認しねぇと俺は信じらんねぇよ」


「…疑り深いんだね」


「慎重って言ってくれるかな」



首元のボタンを上まで留め終わり両手を引っ込めると彼女は俺が捲り上げた腕のシャツをゆっくり戻していて、俺はその動作をじっと見つめていた。

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