第49話
「え、じゃあ何?ヒナノって実は人間じゃなくてヒナドリなの?誰かに恩返しかなんかするために人間に化けてるとか?たしか鶴の恩返しってそんな話だったよな?ヒナノもそういうファンタジーな感じ?」
少しイラつきながらも口元を緩ませて淡々とそう言った俺に、彼女は真面目な顔でやっぱり俺のことをしっかりと見ていた。
「…茶化さないでよ」
「茶化してんのはお前だろうが」
俺はスッと笑顔を引いて間髪入れずに思わず低い声でそんなことを言うと、彼女に顔をぐっと近付けた。
「俺は本気でそいつとは別れろって言ってんだぞ」
「……」
「怖くて言えねぇなら俺がその男に話つけてやったっていいよ。それも嫌ならとにかくその男から逃げればいいだろ。俺が嫌なら警察でもいい。助けてくれるところはいくらでもあるだろうが」
「……」
ついつい言葉遣いが乱暴になってしまったけれど、もう抑えなんてきかなかった。
ここまで言わなきゃ分かんねぇのか。
「……」
「……」
…いや、ここまで言われたって分かんねぇんだな。
だからやっぱり何も言わねぇのか…
「…それでも好きなんだ…そいつのこと」
「……」
「お前みたいな奴はいっそ殺されねぇと一生分かんねぇのかもな」
「……」
存分に嫌味のこもった俺のその言葉にも、彼女はやっぱり何も言わなかった。
「…マジで頭悪すぎ」
吐き捨てるようにそう言って、俺は彼女を残してその場を立ち去った。
その男が好きだというそんなものだけで全てを受け入れる彼女に俺はとてもイラついた。
でも彼女からすれば俺の心配や助言なんてきっと余計なお世話なんだろう。
単に俺に彼女の思いを突き動かすほどの力がないだけなのだと思えばなんともやるせなかった。
それが、高三の秋の出来事。
それからはもう何をしても俺には彼女を救えない気がして、彼女に声をかけることはなくなった。
前みたいにどこかでたまたま出くわすことも一度もなかった。
このまま卒業して彼女に会わなくなれば、いつか俺の中で彼女はただの昔好きだった頭の悪い女になるのかもしれない。
どれだけ時間がかかるんだろう。
救いたいのに救えない、このやるせない気持ちを抱えながら少し離れたところからひたすら彼女を想うくらいなら、いっそ過去の一部にしてしまいたい。
その方がきっと楽だ。
俺から彼女に関わりを持たなくなれば、俺達の関係には何もなくなった。
それで改めてこれまでの繋がりは俺の一方的なものだったのだと実感した。
俺は一度、あの張り紙を見に図書室へ行った。
———…野鳥を許可無く捕まえたり、飼養したりすることは “鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律”により禁止されています。
じゃあ誰の許可があれば救えるのか。
目の前で弱るヒナドリを、俺達は見て見ぬフリをしながら生きていくのが正解なのかよ。
それでそのヒナドリが死んでも俺達のその行動は正しかったと言われてしまうんだろうか。
ていうかそもそも、ヒナドリの気持ちがどうして人間に分かるのか。
実は助けて欲しくて泣いているのかもしれない。
何かが怖くて自ら巣を逃げ出したのかもしれない。
もしくは、誰かによって巣から落とされたのかもしれない。
それを見て見ぬフリするのが正しいなんて…
“人間がヒナを自然の中で自立していけるように育てることはすごく難しいことなんだって”
はぁ…
つまりは俺次第だったってことか。
きっと何もかもが俺の力不足で彼女は俺に頼ることができなかったんだな。
図書室は相変わらず埃っぽくて、窓から入るその光でできた道筋に浮かぶ埃は相変わらずキラキラと光っているように見えた。
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