第47話
「話ってなに?」
そう言った彼女の肩まである髪の毛は、柔らかな風でゆらゆらと揺れていた。
「ここ涼しいでしょ」
「え?」
「日陰だし風の通りも良くて、夏でもかなり涼しいよ」
「普段ここでサボってるんだ」
「今はそんなことどうでもいいじゃん」
俺はフッと小さく笑うと、シャツの袖をしっかりと手首まで下げている彼女の右手首をそっと掴んだ。
彼女はその瞬間ビクッと体を揺らしたけれど、俺の手から逃げたりはしなかった。
「…手首細いね」
「…普通だよ」
「……」
「……」
彼女の人柄を思えば、こうやって手首でしっかりシャツのボタンを留めているのはすごく納得できる。
でもあのアザを見てしまった俺には、それが誰かに見られることを防いでいるように思えてならない。
「ヒナノに涼しいところを提供してあげたかった」
「頼んでないよ」
「ここなら長袖でも辛くないっしょ」
俺のその口調は、自分で思うよりもうんと優しくなった。
俺がここに彼女を呼んだ理由がやっと伝わったらしく、さっきまで少し強気だった彼女の表情は少しだけ和らいだ。
「……ありがとう」
俺は依然彼女の右手首を掴んだままで、俯いて小さくそう呟いた彼女のその手は少し震えている気がした。
彼女はきっと俺に深く踏み込まれたくはないんだと思う。
俺にというより、誰にも。
それくらいその男のことが好きなのかと思えば何とも言えない嫉妬に頭を一気に持っていかれそうになった。
「…痛いよ、」
彼女の手首を掴む俺の右手にはいつのまにか力が入っていたらしく、掴まれた部分を見つめながら彼女は小さく悲痛な声を上げた。
ここに彼女を呼んだ俺は、ただ彼女に涼んでほしかっただけではない。
彼女が俺にそんなことを求めていないのは分かっている。
ただどうしても好きだから、やっぱりこのまま無視はできない。
「…ヒナノごめん」
突然謝罪の言葉を口にした俺には彼女の少し戸惑うような「え、」という声がちゃんと聞こえてきたけれど、俺はそれを無視して掴んでいた彼女の右手首のボタンを左手で外して一気にシャツの袖を捲り上げた。
「っ、やめてっ!!」
そう言ったってもう遅い。
肘の手前まで上げたその袖から出てきた白くて細い腕には、前に保健室で見た時よりも新しそうなアザがあった。
もちろんそこらじゅうにあったというわけではない。
俺の見た右腕には赤黒いのが二、三ある程度だった。
でもそんなの数の問題じゃない。
あることがそもそも問題なんだよ。
それにここにこれだけあるなら左腕にだってあるのかもしれないし、服を脱がせてみればそこらじゅうアザだらけかもしれない。
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