第46話

「ヒナノ…」


「だからその呼び方やめてってば」


「ヒナノ?」


「なに?」


「…ヒナノ…」


「あはは、だから何なの」


「……」



窓から入る光で彼女の周りの埃がキラキラと宙を舞っているここからの光景は、やっぱりどこか彼女を俺に綺麗に見せていた。



今日は付き合っている男について詳しいことを聞こうと思っていたけれど、そんな中で笑う彼女に俺はそれを聞くことができなかった。



めちゃくちゃ心配だったけれど、その時の俺はそれ以上に怖かった。



“うん…好きだよ”



俺以外の男に対してのあんな言葉はもう二度と聞きたくない。


しかもそれがヒナノにあんなアザをつけるような男とかありえないでしょ。


てかマジでうちの学校の奴とかじゃねぇよな?




考えれば考えるほどに俺の頭の中はもう彼女のことでいっぱいになった。


それはもちろん保健室で見たあのアザのことで、だ。



心配でたまらなくて、だから俺は自分の中ですぐに怖いなんて言ってられなくなってしまった。






「ヒナノ、話があるんだけど」


昼休み、大量のノートを持って廊下を歩く彼女に近付いてそう言えば、


「告白なら今ここで返事するけど」


彼女はこちらを見向きもせずに冷たい言葉を口にした。



「いや、違くて。とりあえず非常階段に来て」


「無理。見て分からない?私忙しいんだよ」


「ずっと待ってるから。ヒナノが来なきゃ俺五限も六限もサボることになるよ」


そんな言葉を一方的に言うだけ言って、俺は彼女から離れて一足先に非常階段へ向かった。




性格上、彼女は絶対に来る。


自分のせいで俺に授業をサボらせたくはないだろうし、俺のあのサボる宣言が冗談じゃないことくらいはきっと彼女も分かっているはずだ。





———…トン、トン、トン、…



非常階段に座ってぼんやりとしていた俺は、その小さな足音にすぐに後ろを振り返った。






「…言い逃げなんてずるいよ」


彼女は少し不機嫌そうな顔で開口一番そう言った。


「そうでもしないと来てくれないって分かってたから」


「だからずるいって言ったの」


そう言いながら俺のいる段まで歩いてきた彼女は、小さく「はぁ、」と息を吐いて俺を見上げた。


向かい合うとますます小せぇな…




こんなんに手を上げるって一体どんなクズ野郎だよ。

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