第45話
———…嫌な予感がした。
黙った彼女に、俺は思わず手首から手を離して彼女の胸元のシャツを両手で掴んでぐっと開いた。
「っ、ちょっ、」
その奥には無数のキスマークがあった。
「ヒナノ…まさか、」
「もう私のことはいいから!!頭痛いなら早く奥のベッド行きなよっ…!!」
彼女はそう言って、慌てるように俺の手からシャツの襟を離させた。
「……」
「今なら全部空いてるから選び放題だよ!!」
急ぐように、そして少し怒ったような口調でそう言った彼女は、俺がさっき開けた引き出しの方から大きめの絆創膏を一枚取ってそれを腕のアザに貼り付けた。
「…じゃ、お大事に」
“どっちがだよ”なんて思いながらも、その薄暗い部屋に俺を一人残して出て行った彼女に俺は結局何も言えなかった。
あの反応はたぶん、間違いない。
「絶対男にやられてんじゃん…」
それから俺は、思い返してみればいつでも彼女は長袖のシャツを着ていたことに気がついた。
真夏でもそうだったのに、俺はなぜそれに今まで疑問を持たなかったのか…
今は十月でまだ昼間は暑さが残る中、彼女は時折長袖のシャツを七分丈まで捲り上げていて、俺は常にそこから見える細い腕をじっと見てしまうようになった。
袖が下りていると嫌でもあのアザを思い出した。
そんな彼女がまた昼休みに一人で図書室に向かっているのを見た俺は、すぐにそのあとを追った。
「…暑くね?」
前と同じように低い本棚の上に乗り上げて、俺は自分の仕事でもない本の返却を淡々とこなす彼女を見つめていた。
「肌が弱いの」
俺達はどうやらまた前のように話せる間柄に戻ったらしい。
まぁ話せる間柄も何もきっとそれらは俺の匙加減でしかない。
だって彼女から俺に話しかけることなんて以前も全くなかったから。
「それに女にとって紫外線は天敵なんだよ」
「ふぅん。でも体育祭でも一日中長袖だったっしょ」
「悪い?」
「いや、悪くはないけど…」
実際のところ体育祭で長袖を着ていたのは彼女だけじゃなかった。
彼女と同じように、紫外線とやらを気にしている女子は多いらしい。
でも彼女が気にするのはきっと紫外線だけではないはずだ。
「暑くねぇのかなって」
「平気」
そう言った彼女の横顔は少し笑っていたけれど、俺にはただただ何かを必死に我慢しているようにしか見えなかった。
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