第42話

「っ、何急にっ…!」


そう言って俺の手から自分の右手首を引き抜いた彼女は、少し焦った顔で目をキョロキョロさせていた。



「なんとなく思っただけ」


「そういうこと気安く聞かないでよっ…!」


「……」


気安くってなんだよ。


今となっては“ヒナノ”と呼ぶことにすら触れてこないくせに、何で彼氏がいるのかどうかを聞かれてそんなに動揺するんだよ。




———…てか、



本気でそう思うなら痕跡なんかつけさせんじゃねぇよ。



「…学校にキスマークとかつけてくんなよ」


「っ、…」



俺が冷たくそう言えば、彼女は慌てたように右手で首元のシャツをぎゅっと掴んだ。



「へぇ…やっぱりさっき見えたのってキスマなんだ」


「……」


「彼氏どんな奴?」


「っ、関係ないでしょっ!」


彼女はそう言うと、少し慌てたようにまた本の返却を再開した。


「かっこいいの?」


「……」


「優しい?」


「……」


「見えるか見えないかギリギリのラインにキスマつけるってどんだけ?絶対わざとだよ、それ」


「……」


「…てか、うちの学校の奴だったりすんの?」


「……」



俺の止まらない質問に、彼女は無視をしつつもその横顔はやっぱりどこか焦っているようだった。



「え、てか何で何も言わないの?」


「あなたとはそういう話をするような間柄じゃないから」


「そういう話ってどういう話だよ」


俺は思わずバカにするように鼻で笑ってしまった。



だっておかしいだろ。


キスマをつけるくらい仲の良い男の話をしてるのに、照れるわけじゃなく困った顔をするって何?




「好きなの?そいつのこと」


「もうやめてよ」


「じゃあそれだけ答えてよ」


俺が被せるように少し語気を強めてそう言えば、本を見ていた彼女は動きを止めてこちらに顔を向けた。



「……なに?」


「だから好きなのかって…そいつのこと」


「うん…好きだよ」


「……へぇ…」



なんだ、この喪失感。


別に俺のもんだったわけでもないのに何でそんなもん感じてんだ、俺。



「はぁ…」


思わず大きく息を吐いた俺に、彼女は何も言わなかった。



「…てか男いんならさっさとそれ言えよ」


「……」


「“好き、好き”言ってた俺バカみたいじゃん」


「……」


んで困ったら黙るんだよな。


さすがに都合良すぎだろ。



それからいくら待ってみても彼女は一向に言葉を発そうとはしていなくて、本を戻す手も止まっていたからなんだか俺は俺自身が無性に邪魔に思えた。




「…ま、どうでもいいけど」



ポツリと呟くようにそう言った俺は、そのまま一人で図書室をあとにした。

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