第40話

「いやない…てかさ、今更だけど何でそれヒナノがやんの?」


「川本先生に頼まれたから」


川本…って、世界史かなんかの先生だっけ。


直接的な関わりはないけどヒナノを普段から使いまくってるから俺もなんとなくは知ってるわ。



「ふぅん。あの人前から何かあればヒナノに全部押し付けるよな。人使いの荒い奴」


「そんなことないよ。今日当番だった委員の子が休みだったから仕方ないの」


「ならその委員の担当である川本がやればいいだけの話じゃん」


「部活の顧問もしてるから忙しいんだよ」


いやいや…今昼休みだしそんなの理由になんねぇだろ。



どうせ彼女のことだから、頼まれて断れなかっただけだろう。


川本も悪い奴だ。


彼女なら絶対に断らないと分かってて頼んでいるに違いない。



「…ヒナノは暇なの?」


「うーん…川本先生よりは暇だと思う」


そう言って彼女は少し困った顔で笑った。


コイツは本当にどこまでお人好しなんだか…



「川本も大概暇だと思うよ」


「川本先生って言いなよ」


「本人の前では言わないし」


「あはは、当たり前だよ」


彼女は楽しそうに笑っていたから、俺にその注意を本気でしたかどうかは際どいところだった。



「…てか来る時に持ってきたそれ何?」


俺は近くの本棚の上に置かれている、彼女がここに一緒に持ってきていた紙を指差した。


「あぁ、これ…忘れてた」


そう言いながら彼女はその紙を手に取ると俺にスッと差し出した。




「———…ヒナドリ?」


「そう。近くに新しく動物病院できたでしょ?そこの人が校内にこれ貼ってくれって持ってきたらしいよ」


その紙には“落ちているヒナを連れて帰らないで!”と大きな見出しが書かれていた。



「“そのままにして、すぐにその場を立ち去りましょう”だって」


「うん…こっちは善意のつもりで助けたとしても実はそれってヒナドリにとっては良くないことなんだね」



その紙によると、そのヒナドリはエサを取りに行った親をじっと待っていたり、親が遠くから見守る中で飛ぶ練習をしているところかもしれないらしい。


人がそばにいるとかえって親はヒナに近付けないから、そんな状況の中でヒナを保護することは親元から彼らを無理矢理引き離すいわゆる“誘拐救護”にあたるんだとも書かれていた。



その紙に目を通す俺に、彼女は「人間がヒナを自然の中で自立していけるように育てることはすごく難しいことなんだって」と補足した。


「へぇ…え、で?これも貼っといてって川本が?」


「ううん、それは教頭先生が」


「教頭が…」


「…教頭先生が川本先生に頼んで、それで図書室に行くついでに貼っておいてほしいって」



…いやいや、


ならもうそれって川本が頼んだってことじゃん。



「…ヒナノって先生達にとっての雑用なんだね」



俺の失礼なその言葉に、彼女は少しムッとしていた。



「いいんだよ、別に!それにほら、私の名前にヒナって入ってるし」


彼女はなぜか嬉しそうな顔で俺にそう言った。

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