第39話
———…「ヒナノ、」
下の名前を当たり前に呼び捨てにする俺に、彼女は少しムッとしつつも特別声を荒げたりはしなかった。
「その呼び方やめてね」
「何で?みんな下の名前で呼んでるじゃん」
「みんなは“ヒナちゃん”って呼んでる」
「“ヒナちゃん”は良くて“ヒナノ”はダメな意味が分かんねぇよ。てか実際ヒナノって名前なんだから問題なんかどこにもないっしょ」
「……」
「なんなら俺の名前も下で呼んでくれて構わないんだけど。まさか今更俺の下の名前知らないとか言わないよね?」
彼女は口喧嘩が弱い。
「知ってるよ、当たり前でしょ」
「じゃあ呼んでみて」
「私は特別な人しか下の名前では呼ばないことにしてるから」
「なら尚更じゃん。ヒナノが俺を下の名前で一週間呼んでくれたら俺もう“ヒナノ”って呼ばないかも」
「“かも”って………はぁ…ならもう好きにしたら」
———…もしくは単に俺に呆れているのか、俺との話を早く終わらせたいのか。
「ありがとう、ヒナノ」
笑顔でそう言った俺に、彼女はまだ少しムッとしつつももう反論するようなことを口にはしなかった。
俺は頻繁に彼女を呼び出した。
「ヒナノ、二人になれるとこ行こうよ」
「行かないよ」
「行こうって。何もしないし」
「当たり前でしょ?私は図書室に用があるから」
彼女は俺に対してのみ当たりが強い。
その理由はもちろんこの馴れ馴れしさだとは思うけれど、その上“好きだ、好きだ”と毎日しつこいくらいに言っているから気の弱い彼女もさすがにいい加減少しウザくなってきているんだろう。
でも彼女は決してはっきりと冷たい言葉を口にすることはないし、何より下手な愛想笑いを浮かべられるよりは何倍もマシだった。
「じゃあ俺も行く」
「暇なんだね」と言いながらも“ついて来ないで”とは言わない彼女を、俺は可愛いと思った。
何やら一枚の紙を持ってほとんど誰もいない図書室に入った彼女は、“返却”と書かれた棚にあるいくつかの本を両手で抱えて奥の本棚へと足を進めた。
「図書室とか俺何気に初めて来たかも」
俺は近くの低い本棚の上に座りながら、返却された本を帯に書かれた番号で場所をしっかり確認しながら戻していく彼女を見つめていた。
「そこは座るところじゃないよ」
「よく来んの?ここ」
俺が彼女の注意を無視してそう聞けば、彼女も俺がそうすることを分かっていたのか特にこちらに顔を向けることはなかった。
「うん…まぁ何か頼まれた時だけだけど」
「へぇ…てかなんかここって出そうじゃね?」
俺が彼女をビビらせてやろうと思ってそう言えば、本を抱えた彼女はチラッとこちらに目をやり小さく笑った。
「幽霊とか怖いんだ?意外」
大きな本棚に囲まれたこの場所は少しだけ薄暗くて、近くの窓から入る光で彼女の周りの埃がキラキラと宙を舞っているのが見えた。
なんかすげぇな…
周りにあるのはただの埃なのに、そこにいる彼女はとても綺麗だった。
そんな彼女に見惚れていた俺に、彼女は「霊感とかあるの?」なんてどうでもいい話に花を咲かせようとしていた。
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