第35話

そんな日常を淡々と送る中、変化は突然顔を出した。



彼は、急に私に連絡をしてこなくなった。



いつもは向こうから『会える?』とラインが来るのに、もう二週間もそれが来ていない。


週に二、三回は会っていた私達にとって、これはとても異例なことだった。



もちろん私は彼にラインを送った。



『元気?』とか、『最近どうしてる?』とか。


彼から返信はあるものの、それらは『うん』とか『変わりないよ』とかの何とも素っ気ないものばかりだった。


また彼女と何かあったのかと思って『何かあったなら話くらい聞くよ』と送ってみたけれど、それに対する返信は返ってこなかった。





久しぶりに彼のSNSを見てみたけれど、私と最後に会ったくらいから何も投稿されていなかった。


その流れで彼女の方も見に行ったけれど、彼女もまた同時期くらいから何も投稿されていなかった。



もしかすると二人は別れたのかもしれない。


私は彼女のフォローをはずした。





それからしばらくして、彼からラインが届いた。



『今から少し会えますか』



距離のあるその言葉遣いに、妙な胸騒ぎがした。


それでもこうして夜会うのはもう一ヶ月ぶりだったから、私は嬉しくてすぐに『会えるよ!』と返信をしていつものように親の車で先輩の家へ向かった。




でも、どこかで分かっていた。



“今から少し会えますか”



彼がわざわざ“少し”と打ったその意味は、これまで何度も会いに行ったそれと今日は全然違うということだ。




彼の家の前に着いてラインをすると、彼はすぐに部屋から出てきて私の車の助手席に乗った。


久しぶりすぎて、話したいことや聞きたいことはたくさんあったけれど私はそのどれもをすっ飛ばして彼の首に抱きついた。



「会いたかったっ…」


私は思わず絞り出すようにそう言ったけれど、彼は何も言わず私のその腕を掴んでゆっくり自分から離させた。




“…あぁ、やっぱり…”



そんなことを思った。




「ごめん、ずっと連絡できなくて」


「ううん…」


「本当はもっと早く連絡して話をしたかったんだけど、なかなか落ち着かなくて」



落ち着かなかったとは“何が”なのか、



———…それとも“誰が”なのか。




「寝てる間に彼女に携帯を見られたんだ。…俺らが頻繁に夜会ってたのがバレた」


彼は俯きながらそう言った。


車に乗り込んでから、彼はまだ一度も私の目を見てくれていない。



「認めたんですか…?」


彼がなんとなく知り合ったばかりの時のような話し方をしている気がして、私も思わず敬語になってしまった。


「…うん」


「バカだなぁ…そんなの貸してたもの返してもらっただけだとかサークルのことで話があったとか適当に言えばいいじゃないですか。私達ラインで決定的なやり取りはしてないんですから。それでも彼女が怪しんで私に連絡してきたって私はちゃんと話を合わせましたよ?」



好きなんて言われたことは一度もないし、会おうというやり取りしかしていないラインだけでは私達が何度も体を重ねてきたことまでは絶対にバレない。



「決定的なやりとりがなくてもあれだけ頻繁に夜会ってたんだから普通は気付くよ」


「……」


「俺も初めは“ただのサークルの後輩だ”ってちゃんと言ったけど、」



“ただのサークルの後輩”…


“ちゃんと言った”だなんて、さもそれが事実かのように言う彼に私は胸が苦しくなった。



…そうか。


彼は私をずっと“ただのサークルの後輩”だと思っていたんだ。



何度体を重ねたってそれは変わらなかったんだ。



「途中から彼女に嘘つくのが辛くなって…もう全部話した」


「……」


彼は単に嘘をつくのが辛くなったわけじゃない。


“彼女に”嘘をつくのが辛くなったんだ。

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