第17話

「え?」


「ハルミっていう元カノ……三ヶ月前に別れたんだけど」


「そっか…」


それから彼は、机に突っ伏したままひたすらその元カノの話を未練たらたらな様子で話していた。


その元カノは一つ年下で、二年も付き合っていたというその彼女と彼は結婚も考えていたらしいけれど、最終的にはその子に“他に好きな人ができた”と言われて別れを告げられたらしい。


その子はカフェで働いていて、付き合っていた頃は二人でよくいろんなカフェ巡りをしたんだとか。



「会いに行かないの?」


「うん、行かない…今日別の男と腕組んで歩いてるの見たし」


なるほど…だから珍しくお酒なんか買って帰ってきたのか。



彼が私の手を離したことで、私はすぐにさっき座っていた場所へと戻って行った。



「そっちは忘れられない人とかいないの?」



そう聞かれて頭に浮かんだのはあの元カレだった。


「その反応はいるんでしょ?」


「忘れられないのかな…よく分からない。最近まで付き合ってた元カレなんだけど、」


「まだ好きなの?」


「ううん、好きじゃない」


“まだ”も何も、私はそもそもあの人のことを好きだったんだろうか。


強いて言うならその身体とか抱かれている時間とか、きっとそれが恋してくて一緒にいたんだと思う。


まぁそれも彼の一部だと言われればそれまでだけど…


とはいえ、始まりから終わりまでずっと軽い彼を“忘れられない人”と位置づけるのはなんだか癪だ。



「その人の話聞かせてよ」


「うーん…」


人に話すほどの話はない。


付き合っていた八ヶ月の間だってロクにデートもしていないし、都合が良い時に呼ばれて彼の部屋に行って抱かれて———…



…あぁ、なんだ、


付き合っていた時も今も、私達の関係は何も変わってないんじゃん。


「どうやって付き合ったの?」


「宅飲みの流れで」


「その時好きだって?」


「ううん。キスされたから“どうしたの?”って聞いたら“付き合おうよ”って」



どう考えてもあの“付き合うおう”は“エッチしたい”だったとは思うけれど、それは私にだって分かっていたから“どうしたの?”の答えなんてなんでも良かった。


ヤリたくなったとかムラムラしたとか、それでも私は体を許したと思う。


私が欲しかったのはキスの理由ではなく、私の寂しさを埋めるよという意思表示だったから。


その日限りでも全然良い。


一人はとにかく寂しいから好きじゃない。



「この際お互い相手をその人だと思ってヤってみる?俺はハルミって言いながら腰振って、君は元カレの名前を呼びながらよがんの」


“君”と言われて気が付いた。


私と同じように、彼もきっと私の名前を覚えていないんだ。


「それはさすがにイタイし、好きでもない元カレの名前呼ぶとか意味分かんないよ」


「はははっ、確かに」


それからも彼のハルミの話は止まらなかった。



「君って似てるんだよね、ハルミに。背の高さとか髪型とか」


三ヶ月前に別れたならきっと私はその直後に出会ったのだろう。


彼があの日私に声をかけた理由も私を頻繁にカフェに誘う理由も、なんとなく分かった気がした。


それから私達の出会いを“奇跡だ”なんて言ったことも…もしかするとハルミに別れを切り出されたのはクラブで私に出会ったあの日だったのかもしれない。



「好きなんだね」


「うん…すごい好き…あと何に対しても基本何でも“うん”とか“いいよ”って返事するところとかも、君によく似てる。そんなハルミがいきなり“他に好きな人ができた”なんて言うから、驚いたよ」



彼のハルミ話はそのまま寝落ちするまで続いた。

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