第16話

それから、私達のよく分からない共同生活は続いた。


おまけに関係もよく分からなかった。



彼は頻繁に私を抱くし私とのイチャイチャを求めるけれど、“好きだ”とか“付き合おう”とかそういう言葉は一度も口にはしない。


でもその意味はちゃんと分かる。


私だってそうだったから。



好きじゃない、付き合いたいなんて思ってない、


だから、言わないだけ。



どんなにセックスが盛り上がっても、お互いに“好きだ”とは絶対に言わなかった。


それの代わりかのように、彼はよく私に「可愛い」と言った。


私も私で、好きの代わりに「気持ちいい」と言った。




彼は昼間仕事をしていた。


どうやら家具屋で働いているというのは本当らしい。


休みの日には二人で近くのカフェに行ったりもした。


彼はコーヒーの匂いや味やその全てが好きらしく、頻繁に私をカフェに誘った。



彼の部屋に来て数週間が経った頃、


「自由に使って」


そう言って、彼は私に合鍵をくれた。



これまで彼が仕事で家にいない昼間は出掛けられなかったから、これはすごく助かる。


それからしばらく経つ頃には、私は彼の部屋で掃除や洗濯などを当たり前にするようになっていた。


ご飯も彼の帰宅に合わせて用意するようになっていて、彼はそれを毎日「美味しい」と言って残さず食べてくれた。




そんなある日、元カレからラインが来た。


『今日来れる?』


疑問系のそれは、実は疑問系ではなく“来て”という命令に近いようなものだったと思う。


でも、一緒に住んでいる彼にご飯を作り始めていた私は『今日は無理そう』と言ってその誘いを断った。


元カレからは『分かった』となんともあっさりとした返事が返って来た。




それからまた早くも一ヶ月が経った。


私は相変わらず彼の家に住んでいる。



元彼からの誘いは、この一ヶ月一度もなかった。


この前断ったからかもしれない。


まぁそれならそれでもういいかな。



そんなある日、彼が仕事の帰りにお酒を買って帰ってきた。


「明日仕事休みだし一緒に飲もう」


彼は最初から早いペースで飲み進めて、もう途中からかなり目がトロンとしていた。


「飲み過ぎじゃない?」


「いいんだって、明日仕事ないんだし!!てかそっち飲んでんの!?同じくらい酔わなきゃ楽しくないよ!!」


「飲んでるからちょっと落ち着いてよ」


「もう今日は朝まで飲む!!!」


そう言ってビールの缶を持ったまま机に突っ伏した彼は、そのまま静かになった。



寝たのかと思いつつもベッドに運ぶこともできない私は、とりあえずその肩にブランケットをかけてあげた。


その瞬間、彼は空いていた左手を肩に回して私の右手をパッと掴んだ。



「…あれ、起き」


「忘れられないんだ……」


さっきまでのテンションとは違い、彼のその声はとても苦しそうだった。

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