第7話
「あっちは慣れとる環境やから好きやけどさ、こっちもこっちで割と好きやったんやけどなぁ。それにお前もおるし」
彼に動揺は何もなかった。
この人はいつだって何食わぬ顔だ。
「…それで制服買わなかったの?」
私のその言葉に、彼は何も言わずにフッと笑った。
…やっぱり。
彼はこっちに来た時からこっちの生活が短期間であることを知っていたのだろう。
「お前が寂しくなるやろうから言わんかったんや」
彼はそう言いつつも、
「最後までお前俺に好きやって言うてくれんかったなぁ」
どこか寂しそうに戯けて笑った。
来月は再来週だというのに、もう今日が最後みたいな言い方だ。
「でもお前なら大丈夫やで。可愛いから」
「可愛いなら他の男の人が寄ってくるかもよ」
「うわ、それはあかんなぁ」
心の籠らないその言葉に、私はなぜかしがみつくような思いで口を開いた。でも、
「なら、」
「でもええよ」
私の言葉は呆気なく遮られてしまった。
「他の男と好きに遊びや?」
「…いいの?」
「おう、お前はもう自由やで。…あ、でも再来週以降にせぇよ?来週とかに早速男と遊んだら俺怒るで?」
来週嫌なことが再来週なら平気になる理由が私にはいまいち理解できなかった。
「怒るって?」
「その男八つ裂きにしたるわ」
「…でもそれが再来週以降ならいいの?」
この確認の意味は何なんだろう。
さっきも言われたじゃないかと私は心の中で自分に言った。
「ええって」
そう言った彼は何食わぬ顔でまた笑った。
「付き合いたいと思える奴に出会えたら付き合うたらええよ」
そう言われて私の頭に浮かぶ人物は一人しかいなかった。
次に“好きだ”と言われれば“私もだ”と言おう。
次に“付き合おう”と言われれば“うん”と言おう。
そう心に決めた来月までの約十日、
彼がそれらの言葉を口にすることはなかった。
どうやらあれは彼にとってのただの挨拶ではなかったらしい。
それでも彼は、関西に戻る前に私を好きになったきっかけを教えてくれた。
彼が転校して来たのは秋頃だったらしい。
朝学校に行く途中で私を見かけた彼は、私が誰かのポイ捨てした煙草の吸い殻を拾ってゴミ箱に捨てていたのを見たんだとか。
そしてそれは一日一本ずつ、毎朝拾っていることに気が付いて私を好きになったらしい。
何ともよく分からないきっかけで理解はできなかった。
それからやっぱり彼は「可愛い奴やなぁと思た」と言って頬を緩ませた。
翌月、彼は宣言通りこの学校を去った。
あの日“ずっとここにいたい”と言った彼の言葉の意味は、本当に私の膝の上という意味だったんだろうか。
別れの言葉を口にする暇も涙を流す暇もないような、そんな呆気ないさよならだった。
彼がいなくなった学校は何も変わらない。
私だって変わらない。
…でも、私の視界だけが唯一変わっていた。
教室の自分の席に座って目を閉じて、また目を開ければ目の前にはいつものように彼がこちら向きに座っているような気がしたけれど、何度やってみてももちろん彼がそこにいることはなかった。
あぁ、私ってたぶん彼のこと———…
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