第8話
それからあっという間に十年。
連絡先も交換していなかった十七の私は、あの時彼の全てを失った。
“関西に戻る”と言われただけでそれが何県なのかも分からない。
きっと知ったところで私には何もできないけれど。
彼と過ごした約半年は、何事もなかったかのように思い出となって何食わぬ顔で今も私の頭の端っこに居座っている。
去年、私は結婚した。
私は今でも彼と出会ったあの日のことをたまに思い出す。
“俺ら付き合おかぁ?”
それが一番最初にかけられた言葉だなんて、いまだに信じがたい。
そして思う。
彼があのままあの学校を去らなければ今とは違う未来があったのだろうか、と。
そして毎回思う。
…いや、きっと未来は今と何も変わらなかったんだろうな、と。
「なに一人でニヤついてるん」
そして私は、その他所の言葉を聞くたびに桜の咲く中庭で過ごしたあの日の彼を思い出す。
日常で、街中で、テレビの中でとか、そんなところにまでも。
“お前はほんまに可愛いなぁ”
私を散々好きだと言った彼は、離れ離れになることを分かった上でどんな気持ちであれを口にしたんだろう。
当の本人は今となってはそんな過去のことなんてきっと忘れているんだろうけれど。
「ううん、何でもない。あ、そうだ、来月の結婚記念日どうしようか」
でも、あれは間違いなく私の大切な初恋の思い出だ。
夫は結婚した日、私に言った。
「ほら、やっぱり俺しかおらんかったやろ」
この男は昔から、本当に頭が弱い。
「うん、たぶんね」
たしかに私には彼しかいなかったかもしれない。
でも、高校を卒業して先に会いに来たのは彼の方だったから。
それなら、
「俺と結婚してくれてありがとうな」
彼にもきっと、私しかいなかったに違いない。
— 01.『 たぶん 』【完】 —
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