第6話

ドカッといつものように私の前の席の椅子に跨るように遠慮なくこちら向きに座った彼に、本を読んでいた私は思わず少し目を見開いた。


彼の第一声はこうだった。


「ニレ、俺思ったんやけどな?」


本当に言葉までもが何食わぬようなものだった。


彼は三日前に起きた私との出来事を忘れてしまったんだろうか。



「今は相手が俺で嫌やなって思っとるかもしれんけどさ、それも後々俺で良かったって思う日が来たら結果オーライやと思うねん」


彼はそう言って、コンビニでもらう一番小さなサイズの袋にパンパンに入ったチロルチョコを私の目の前にドンッと置いた。


その拍子に、その袋の口からはチョコが雪崩のように出てきた。



いろんな、それはもういろんっっな意味を込めて私は渾身の「は?」を発した。


「ん?…あ、これか?これはこないだ泣かせたお詫びや。俺金ないから、せめてチロルチョコで量を出そうと…俺、質より量派やから」


「なん」


「あぁ、せやなぁ。袋のサイズ間違おてるよなぁ。でもレジのお姉さんがこれに入れるからさぁ、もう俺何も言われへんかったんや」


それから彼は「でもコンビニって種類少なくてあかんよなぁ。四種類くらいしか無かったから食べよってもすぐ飽きるかも分からんわ」と笑った。



言いたいことはたくさんあったけれど、三日前のことを思い出せばそれは全て必要ない気がして私は疑問のどれもを頭の中で切り捨てた。


「話しかけないでって言ったでしょ」


「おう、言われたで?」


また何食わぬ顔で…


「でもそらお前、無理な話やろ?話しかけんでどうやって俺で良かったって思わすん?」


「いや…そ」


「お前には俺しかおらんからさ」


そう言って笑った彼は、その後改めて「ごめんな」と言った。


それもどこか何食わぬ顔で本当に謝る気があるのかどうかは少し疑問に思うところだった。



でもなんだか、そんないつも通りな彼にずっと怒っているのもバカらしく思えた。


「…チョコ食べたい」


「おう、食え、食え!どれ食う?」


そう言って彼が私の机にばっと広げたチロルチョコはたしかに大量にあるのに、種類が四つしかないから面白みはあまりなかった。


それでもチョコに手を伸ばした私を見た彼がとても安心した顔をしていたから、私の中にあった怒りはすっかり収まってしまった。



「仲直り完了か?」


「もう一度謝って」


「うん、ごめんな」


彼はやっぱり笑っていて、その謝罪から懺悔の気持ちは伝わらなかった。






それから一ヶ月が経った。



学校の中庭には桜が咲いた。


私は中庭のベンチに座っていて、彼は私の膝を枕にするように寝転がって仰向けになっていた。



私達はいまだに付き合ってはいない。



「ニレ、好きやで」


彼は何も変わらない。


「私は好きじゃない」


私も何も変わらない。



「強がらんでええて」


「別に強がってないから」


「はははっ、ずっとここおりたいなぁ」


「ここは雨が降ると濡れるから無理でしょ」


「アホ、お前の膝の上って意味やん」


「…重いから嫌だ」


私が今思わず照れてしまったことに、彼はちゃんと気付いたようだった。



「お前はほんまに可愛いなぁ」


彼はそう言って真下から右手を伸ばして、彼を見下ろす私の左の横髪を耳にかけた。


変わらなくていい。


ずっとこのままでいい。



でも、それはきっと私がただ何も知らないだけだった。



「なぁニレ、」


「ん?」


「俺な、来月関西戻んねん」


「…え?」


それから彼はすぐに私の膝の上から起き上がると、そのまま私の左隣に並ぶように座った。


「親の仕事の都合で」


「来月って…再来週?」


「おう。急やけどそういうことや」



何で?…いや、それは親の仕事の都合か。


どうして?…いや、それも親の仕事の都合か。



じゃあ、私は———…

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