第5話
「え…お前もしかして初めてやった…?」
「……」
いつも自分の席に座って一人で本を読む私にその経験があるとでも思っていたのか。
「悪い悪い、ほんならもうちょい俺も考えてやれば良かったよなぁ?」
彼はそう言っていつもの調子で笑った。
「場所とかシチュエーションとかタイミ」
「そうじゃない…」
「…え?」
「私は初めてのキスをあなたとなんてしたくありませんでした」
思わず敬語になってしまった私の目からはボロッと大粒の涙がこぼれ落ちた。
この人のことだからそっちは別に初めてなんかではなかったのだろう。
「あぁー…俺じゃない他の奴とキスしたかったって、そういうことか?」
「そう」
「…ニレ、それ本気で言うてんの?」
「当たり前でしょ」
だってやっぱりアリじゃないならそれはナシのはずだから。
「撤回せぇよ」
———…“撤回”とは?
「…は?」
「…そやないと俺、怒るで?」
———…“怒る”とは?
「好きにすれば」
はたしてこの状況で怒られるのは本当に私だろうか。
「はぁ…てかお前何で泣いてんねん」
「あなたには分からないよ…一生分からない」
「……」
「もう二度と話しかけないで」
それからすぐに私はその場を立ち去ったから、最後のその言葉に彼がどんな顔をしたのかは分からなかった。
翌日から彼は私のところへ来なくなった。
顔なんて見たくないから清々すると思う反面、結局彼の“好き”なんてこんなものだったのだろうと思えば少しだけがっかりもした。
でも彼は三日目に何食わぬ顔で私の元へやってきた。
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